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エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。 時に短編小説もあるかも?
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「ユンちゃんは、いつになったらお婿さんを連れてくるのかしら?」

 その日、ユンファの機嫌は最高潮に悪かった。
 ユンファは男が嫌いである。小さい頃、両親と似ていないと言われ、銭湯の子なのに黒く汚れていると言われたあの時から、ずっとずっと。

「ユンちゃん、女の子はね、子どもを生める期間があるのよ。お母さん、ユンちゃんの赤ちゃん、抱っこしたかったなぁ。」

 母に悪気があるわけではない。元々、両親は非常に善良でユンファを可愛がってくれた。銭湯に置き忘れるように捨てられていた赤ん坊のユンファを。
 だからといって、善良に言われても困るのだ。ユンファは男になど全く興味がないのだから。男とベッドを共にするなど、気持ち悪くて考えたくもない。
 そんな乙女な34歳は、気だるげな青年から小銭を受け取りつつ、不機嫌面で周囲を見回していた。今は客が少ない時間帯だ。今のうちにキーリにタオルの入れ替えやゴミの回収をしてもらわなければならない。
 脱衣所では、常連の黒髪の青年がダッフルコートをもそもそと脱いでいた。年中着ているように思えるが、暑くないのだろうか。そんなことを思っていたら、キーリがユンファに声をかけてくる。
「男湯の温度が下がってますよ、姐さん。」
「分かったよ。」
 イライラしながら異能で湯の温度を上げると、今度は空腹感が襲ってきて更に苛立ちが増す。
「あ、あの、ゆ、ユンファ、さん、あの、人。」
 とてとてと近づいてきた常連、レヴィに気づいてユンファはそちらに目を向けた。
「お、おの?もってる。」
「斧ぉ!?」
 思わず番頭台から飛び降りたユンファに、レヴィは首をかしげる。
「え、えっと、あの、ひ、と、なまえ、えっと、えと、ゆ、ゆうちゃん?」
 その一言に、ぐるりと青年が振り向いた。赤い目がぎらぎらと光っている。
「ゆうちゃんって呼ぶんじゃねぇ!俺は夕夏だ!」
 夕夏の怒りに、ユンファはすっと頭の中が冷えていくのが分かった。冷静になっていく。
「そりゃ悪かったね、ゆうちゃん。それで、武器はこっちで預からせてもらいたいんだが、ゆうちゃん。人のいない時間でも、さすがに斧はいけないよ、ゆうちゃん。」
「三度も言うなー!!!!!」
 きれる夕夏に面白くなってくるユンファ。
「まぁ、落ち着きなよ、ゆうちゃん。ほら、斧はこっちに渡して。さぁ、温まってきな、ゆうちゃん。」
「この黒ババァ!」
 禁句が出てきたのに気づき止めようとするキーリが、欠けた桶を回収していたのを奪って、ユンファは美しいストロークでそれを夕夏の頭にクリーンヒットさせた。ぐはぁと鼻血を吹きながら夕夏が倒れる。
「血、血ぃ!?俺の血がぁ!?」
「湯船を汚しそうだね。床、ふいといて、キーリ。」
 ひょいと腕を掴んで、夕夏を男湯に連れ込み、ユンファは頭から冷水をかけて鼻血を洗い流した。
「つべてっ!つめてぇよ!なにしやがる!?」
「熱いお湯かけたら、血管膨張して血が更に流れるよ。」
「お、おう?」
 冷静なユンファの物言いに、納得したのかしていないのか、勢いで頷いてしまう夕夏。
「鼻血止まってから湯船に入っておくれ。」
 言い捨てて、ユンファは足ふきマットで足を拭いて、番頭台に戻った。
 不機嫌は、すっかりと治っていた。

「姐さん、あれって、八つ当たりじゃ……。」
「茹でてやろうか?」
「なんでもないです。」

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 殴り合う音に、ルリエナは道を変えようかと本気で思った。怪我人がいるのならば助けるのが医者として当然のことだろうが、しかしながら、荒事は得意ではない。そもそも、自分は研究医で、最近実地に入ったばかりである。年の割に役に立つとも思えなかった。
 それでも近付いて行こうと思ったのは、白い髪を乱して戦っている青年の後方で、一人の少年が鉄パイプを振り上げたからだった。駆け寄り、ルリエナは少年の手から鉄パイプをもぎ取る。少年がルリエナを睨みつけ、ぎょっとした顔をした。長身のルリエナはひょろりとしているが、威圧感がある。
「喧嘩でこんなの使ったら、病院行きじゃすまないでしょう!」
 説教する口調でルリエナは力の限り鉄パイプの両端を握った。太い鉄パイプがぐにゃりと曲がる。
「な、なんだ、このおっさん!?」
「一人に複数で喧嘩なんて、駄目だよ。」
 諭す口調よりもパイプ曲げに説得力があったようで、少年たちはばらばらと逃げていく。残ったのは、口元に血をにじませた白い髪の青年一人だった。
「くそっ!あいつら、食い逃げしやがって!」
 集団で気を逸らして食い逃げをしたという少年たちを逃した青年は、非常に悔しそうだった。
 よろよろと歩いて行こうとする青年の肩に、ルリエナがそっと手を置くと、激しく振り払われる。
「触るなよ、おっさん!」
 手負いの獣のような姿に、怒りよりも憐れみが優った。ルリエナは膝を曲げ、青年と視線を合わせる。
「怪我の治療をさせてくれないかな?」
「こんなの、舐めたら治る。」
「足も腹も、全部舐めるの?」
 真剣なルリエナの言葉に、青年は毒気を抜かれたようだった。
「いいよ、ありがと。」
 弱々しく微笑む青年に、ルリエナは食い下がった。
「僕の診療所、すぐそこだから。お願い。このまま君を行かせたら、僕は後悔して何日も眠れなくなる。」
 元々眠りの浅い性質のルリエナ。心配事があるとすぐに眠れなくなる。それを切々と訴えかけると、青年は警戒しながら仕方なさそうについてきた。
「僕はルリエナ。変な、名前だけど。」
「俺はネフリータ。ネッフィーでいいよ。」
「じゃあ、ネッフィー。こっちに。」
 連れてきた診療所は、明るく清潔な場所だったので、ネッフィーは少し安心したようだ。
「傷を診よう。ズボンをまくりあげて?」
 素直にズボンをネッフィーがまくりあげると、痛々しい痣ができている。ルリエナはそれに湿布を貼った。
「唇の傷も消毒しようね。」
 てきぱきと治療は進む。
 しかし、シャツを脱ぐところで、ネッフィーは思い切り抵抗した。
「大丈夫だから!俺は脱がない!脱がないから!」
「傷を診るだけだよ?痛いことは絶対にしないから。」
 ちょっと強引かと思ったが、診察台に押し付けてシャツを脱がせようとした瞬間、ネッフィーの口から悲鳴が漏れる。
「いやだ!いやだあ!」
 火が付いたように暴れだしたネッフィーを、ルリエナは反射的に抱きしめていた。肩に噛み付かれ、脇腹を殴られ、足を蹴られるが、ルリエナは気にしない。
「ごめん。大丈夫。大丈夫だから。何もしない。何もしないよ。」
 色を抜いているのであろう、ばさばさとした髪を撫で続けること約5分、ようやく落ち着いたネッフィーにルリエナは湿布を多めに渡した。
「これ、自分で貼れるところに貼って。ごめんね、君……。」
 抱きしめた時にネッフィーの性別に気付いたルリエナはそれ以上言及せずに、ネッフィーを送り出す。
「ごめんな、おっさん。」
 しゅんとしたネッフィーの髪を、ルリエナはもう一度撫でた。
「僕にも絶対にされたら嫌なことがある。僕が悪かった。」
 ネッフィーが噛んだルリエナの肩には、血が滲んでいる。それが薄青いシャツに広がっていた。

 人魚ということで、人体実験をされた歳月。
 ただ老化が遅いくらいしか違いはないのに、血肉を採取され、時に、食われた。
 死んだ方がましだと思っていたあの頃。

「大丈夫。」
 今、穏やかでいられるのは、全てを過ぎたと思えるからだろうか。
 それとも諦めたからだろうか。
 ルリエナはもう一度、ネッフィーに微笑みかけた。

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 その女性は容赦なくルリエナの腕を掴んでいた。
「君、屈んで。もっとよく顔を見せて。あぁ、いい!この顔だ!これを俺は求めていたんだ!」
 この年になって「君」などと年下の女性に言われて、ルリエナは心底戸惑う。男性のような格好をしている細身の彼女は、目を輝かせてルリエナの青い目を覗き込んでいた。
「えっと、僕は、君と知り合いだっけ?」
 女性関係をできるだけ避けてきたので、忘れてしまっているのかもしれないと思い、必死に考えるルリエナだが、30歳前後の若い外見にそぐわぬ42年間の人生で、こんな個性的な女性は初めてだと脳は告げていた。
「知り合いとか知り合いじゃないとか、どうでもいいの。もう知り合ったんだから。そして、俺は君を描くんだから!」
 力いっぱい宣言されて、ルリエナは驚き身を引こうとする。長身のルリエナが身を引くと、彼女も引きずられた。
「で、でも、僕は君の名前も知らないし。」
「ワン・ユーリー。よし、これでいい。さぁ、上半身だけでもいい。脱いで!」
 道のど真ん中で妙齢の女性にそんなことを言われるとは思わず、ルリエナは慌てふためく。
「そ、それは駄目!」
「じゃあ、その上着だけでも。」
「いや、それも。」
「体の線を見せてぇぇぇぇ!」
 絶叫に近いユーリーの声に、周囲の視線が集まって、ルリエナは恥ずかしくなって顔を伏せた。そもそも、彼は目立つことが好きではない。
「こ、今度ね。」
 そう言えばこの場は収まるかと誤魔化しの言葉を口にすると、ユーリーはルリエナの胸ぐらを掴んだ。
「今度っていつ?一時間後?明日?明後日?」
「いや、ほら、今日は、天気も悪くなりそうだし。」
 雨はルリエナにとって天敵である。水を見ると、本性に戻ってしまう。鱗だらけの姿は、気色が悪いものでしかない。過去、何度も女性に逃げられた経験のあるルリエナは、雨を嫌っていた。
「天気なんて、大雨でも、嵐でも、俺は描く、描く!」
「落ち着いて。じゃあ、今度ね。」
 これはもう逃げてしまうのが一番だと踵を返すと、ルリエナの長い足にユーリーがすがりつく。その姿はさながらゾンビである。
「かーかーせーてー。」
「ご、ごめん。僕、駄目なんだ。」
 曇天の空は今にも泣き出しそうである。少しの雨ならいいが、すぐに家に帰らないと、大変なことになる。
「本当に、ごめん。」
 ルリエナはユーリーを振り払った。ユーリーは地面に這いつくばって、ゾンビのように蠢いて追いかけてこようとする。
 それを見ないように、ルリエナは走った。長い足のルリエナに、ユーリーは追いつけない。

「雨は、嫌いなんだ。」

 そうじゃなくて、自分が嫌いだ。
 そうは言えなくて、ルリエナはただ走った。

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 その二人が銭湯ののれんをくぐった時、ユンファは素直に父子だと思った。やたらと長身な赤毛の中年男に、元気の良さそうな大きな目の草色の髪の少年。
「届かないよ、ノヴァ、お願い。」
「仕方ないな。」
 少年から小銭を受け取って、男はユンファに手渡す。大きな手から体温の残る小銭がユンファの褐色の手に渡った。
 脱衣所に入ってからふと気付いたように、ノヴァと呼ばれた男が小声で少年に問いかける。
「パンテラ、良かったのか、こっちで?」
「良かったも何も、俺、こっちしか入れないよ?」
「でも、性別……。」
 その話を聞きつけた地獄耳、ユンファががたっと番頭台から立ち上がる。最近、女の格好をして男湯に来たり、弟を追いかけて姉が入ろうとしたり、妙なことが多かった。もしかすると、この少年も。
「あんた、性別は?」
「男だよ!」
 少年、パンテラは堂々と答えた。しかし、疑り深くなっていたユンファは、躊躇うことなく彼のズボンとパンツを引きずり下ろした。
 股間にちゃんと一物がぶら下がっていることに満足して、下ろしたズボンを戻すことなく、さっさと番頭台に戻ろうとするユンファ。
「な、何しやがる!」
 ズボンが引っかかるのでひよこのようなヨチヨチ歩きになりながら、パンテラはユンファのホットパンツを引っ張った。
「触るんじゃないよ。まだ剥けてもいないようなガキが。」
 すらりと長い足で軽く払われて、パンテラはその場にずっこける。
「クソババァ!」
「そうだよ。そのクソババァにちんちん見られたのが、あんた。あぁ、かわいそう。」
 悪態にもけろりとしているユンファに、ノヴァが吹き出す。
「俺のは見ないでほしいな。」
 けだるい雰囲気で「いやぁん。」とふざけるノヴァに、パンテラは真っ赤になって怒っている。
「見たら金くれるんだったら見てやるよ。そうじゃなきゃ、見たくもないね。」
 その言葉に、ノヴァは下半身丸出しのパンテラを立たせてやりながら、苦笑した。
「そんないいモノ、ついてたっけ?」
「ノヴァ、俺、このババァ、嫌い!」
「よしよし。」
「子供扱い、すんな!」
 怒り心頭のパンテラを、適当に宥め一層怒りを煽るノヴァ。

 今日も銭湯は平和だと、休憩時間をもらって母屋でお茶を飲んでいるキーリのところにも、その怒鳴り声は聞こえてきていた。

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 胸ポケットに割引券が一枚。
 それをねじ込んだ相手の顔を、真実は思い出そうとして顔を顰めた。
 ちょうど、仕事で聴力を上げた直後だったので、相手の顔は分からなかった。黒い影だけが印象に残っている。

ーーうちの銭湯の割引券だよ。特別に、上げるから、仕事終わったらおいで。

 ボスの命令で他のマフィアの取り引き現場を押さえるために、聴力を上げて探っていた時に、取り引きされるブツが本物かを確かめるために同行してきた蛇のメンバー。科学知識があるとかで、現場を押さえて他のマフィアの連中を捕らえた後、その人物がその場を引き継いだ。
 顔立ちをよく覚えていないのは、その人物の髪がやたら長く、肌の色と変わらなくて境界線が分からなかったせいかもしれない。
 褐色の肌に長い焦げ茶色の髪の長身で大柄なその人物。
 くしゃりと胸ポケットの割引券を握りつぶそうとして、真実はじっと手の中を見た。長時間風にさらされる所で見張っていたので、体は冷え切っている。それを見越してその人物は割引券をくれたのかもしれない。
 だからなんなんだ。
 苛立ちのような感覚が走る。入り込んで欲しくない領域に、あの人物は入り込みそうな気がしたのだ。土足で、軽々と。


 所変わって銭湯は今日も盛況だった。
 国士無荘から貧乏学生や、揃って小柄な怪我をした青年と気の強そうな青年、灰色の髪の小柄な青年も来ている。もたもたと黒い上着を脱いでいるのは、いつぞや、武器所持でユンファに叱られた、外見は大人だが中身は子どものような青年だ。
 女風呂には、長い白い髪をくくった無表情な娘も来ている。
 移動式遊園地でどさくさに紛れて割引券を配ったのがよかったかと、にまにまするユンファを、居候兼手伝いのキーリが気持ち悪そうに見つめていた。
「キーリ、自販機の小銭、補充しておいておくれ。一枚でも懐に入れたら、股間の汚いものをもぐからね。」
 はきはきと命じられてキーリは「分かりました!」と怯えた様子で股間をかばう。なんとなく、周囲の男性陣も剥き出しの股間をかばう仕草をしていた。
「レヴィ、コーヒー牛乳は今日は売り切れなんだよ。フルーツ牛乳でいいかい?」
 自販機の前で困っている様子の青年に番頭台に座ったままユンファが声をかけると、青年は「フ、ルーツ?」と首をかしげる。
「そう。高級なフルーツをふんだんに使った贅沢品さ。」
 フルーツ香料しか入っていないそれを、適当に売り込むユンファに、青年は目を輝かせて自販機に小銭を投入していた。
 ふと、入り口で立ちすくんでいる明るい茶色の髪の青年に気づいて、ユンファは営業スマイルを浮かべた。
「いらっしゃい。来たんだね。」
「こんな雑多とした所、来たくて来たんじゃない。」
「雑多としてて悪かったね。」
 言いながら料金を告げるユンファ。
「割引券が、もったいなかったから。」
 言い訳のように小声になる青年に、ユンファは片手を差し出した。青年はその手に小銭を乗せる。凍えた冷たい手を、ユンファは暖かな大きい手で包み込んだ。
「温まっていくといいよ。」
 つり銭を渡すと、青年、真実はなぜか顔を赤くしている。
「手、離せよ!」
「あまり冷えてるから、つい。」
 握った手をぱっと離すと、一瞬、切なそうな表情になる真実。だがすぐに強気の表情に戻った。
「汚いボロい銭湯だな。」
 刹那、ユンファの手がひるがえっていた。
 思い切り頭を殴られて、真実は涙目になってうずくまる。慌てたキーリが走ってきて止めた。
「本当のことでも、腹が立つから殴った。謝らないよ。」
 さらりとユンファは悪びれることなく告げた。
「こ、こんな銭湯、誰が入るか!金返せよ、ババァ!」
 涙目で睨みつける真実に、キーリが青くなる。ユンファは軽々と番頭
台から飛び降りた。
「嫌だね。一度もらった金を、私が返すとでも思ったか。つべこべ言わず、さっさと脱いで浸かりな。体が冷えてるとろくなこと考えないよ。」
 舌先を出して馬鹿にする口調のユンファは、真実よりも長身で、大柄で、明らかにいかつかった。
「な、なんて、銭湯だ。客の扱いってものを……。」
「はいはい、お客様扱いしてやるよ。さぁ、脱ぎ脱ぎしましょうねー。」
 営業スマイルのまま、ぺいっと脱衣所に真実を投げ込み、さっさか脱がせるユンファ。細身の真実は身長でも質量でも腕力でもかなわず、あっという間に脱がされてしまう。
「ね、姐さん、ここ、男湯!?」
 止めるキーリを無視して、ユンファは裸になった真実を小脇に抱えて、すりガラスの扉をスライドさせて中に投げ込んだ。毎度のことながら、平然と男湯を開ける大女、ユンファの姿に、湯船の方から悲鳴が上がるが知ったことじゃない。
「お望みなら、洗ってあげるけど?」
「や、やめて!」
 もうほとんど泣いている真実を放って、ユンファは番頭台に戻った。
 しばらくして、暖まって出てきた真実が服を着て、赤い目をこすっていると、ユンファは近寄り、冷たいフルーツ牛乳を差し出した。
「今日は嫌な日だっただろう?嫌な話も聞いた。」

 取り引きされるブツは、人間の臓器だった。
 臓器のためだけに、子どもを育て、殺したのだと、あの男たちは誇らしげに語っていた。
 子どもは何も知らずに親のように彼らを慕ったと。
 最後の瞬間まで、何も疑わずに。

 裏切られた子どもの心境を考えずにはいられなかった真実。それを見ぬかれていたのかと、はっとしてユンファを見るが、彼女はもう番頭台に戻っていた。
「あ、ありがと、う。」
 赤くなりながらぽつりと零したセリフが、彼女に届いたかは分からない。
「あ、フルーツ牛乳の代金、キーリに払っといて。」
 ただ、彼女は抜け目がなかったことだけは確かだった。

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