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エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。 時に短編小説もあるかも?
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 胸ポケットに割引券が一枚。
 それをねじ込んだ相手の顔を、真実は思い出そうとして顔を顰めた。
 ちょうど、仕事で聴力を上げた直後だったので、相手の顔は分からなかった。黒い影だけが印象に残っている。

ーーうちの銭湯の割引券だよ。特別に、上げるから、仕事終わったらおいで。

 ボスの命令で他のマフィアの取り引き現場を押さえるために、聴力を上げて探っていた時に、取り引きされるブツが本物かを確かめるために同行してきた蛇のメンバー。科学知識があるとかで、現場を押さえて他のマフィアの連中を捕らえた後、その人物がその場を引き継いだ。
 顔立ちをよく覚えていないのは、その人物の髪がやたら長く、肌の色と変わらなくて境界線が分からなかったせいかもしれない。
 褐色の肌に長い焦げ茶色の髪の長身で大柄なその人物。
 くしゃりと胸ポケットの割引券を握りつぶそうとして、真実はじっと手の中を見た。長時間風にさらされる所で見張っていたので、体は冷え切っている。それを見越してその人物は割引券をくれたのかもしれない。
 だからなんなんだ。
 苛立ちのような感覚が走る。入り込んで欲しくない領域に、あの人物は入り込みそうな気がしたのだ。土足で、軽々と。


 所変わって銭湯は今日も盛況だった。
 国士無荘から貧乏学生や、揃って小柄な怪我をした青年と気の強そうな青年、灰色の髪の小柄な青年も来ている。もたもたと黒い上着を脱いでいるのは、いつぞや、武器所持でユンファに叱られた、外見は大人だが中身は子どものような青年だ。
 女風呂には、長い白い髪をくくった無表情な娘も来ている。
 移動式遊園地でどさくさに紛れて割引券を配ったのがよかったかと、にまにまするユンファを、居候兼手伝いのキーリが気持ち悪そうに見つめていた。
「キーリ、自販機の小銭、補充しておいておくれ。一枚でも懐に入れたら、股間の汚いものをもぐからね。」
 はきはきと命じられてキーリは「分かりました!」と怯えた様子で股間をかばう。なんとなく、周囲の男性陣も剥き出しの股間をかばう仕草をしていた。
「レヴィ、コーヒー牛乳は今日は売り切れなんだよ。フルーツ牛乳でいいかい?」
 自販機の前で困っている様子の青年に番頭台に座ったままユンファが声をかけると、青年は「フ、ルーツ?」と首をかしげる。
「そう。高級なフルーツをふんだんに使った贅沢品さ。」
 フルーツ香料しか入っていないそれを、適当に売り込むユンファに、青年は目を輝かせて自販機に小銭を投入していた。
 ふと、入り口で立ちすくんでいる明るい茶色の髪の青年に気づいて、ユンファは営業スマイルを浮かべた。
「いらっしゃい。来たんだね。」
「こんな雑多とした所、来たくて来たんじゃない。」
「雑多としてて悪かったね。」
 言いながら料金を告げるユンファ。
「割引券が、もったいなかったから。」
 言い訳のように小声になる青年に、ユンファは片手を差し出した。青年はその手に小銭を乗せる。凍えた冷たい手を、ユンファは暖かな大きい手で包み込んだ。
「温まっていくといいよ。」
 つり銭を渡すと、青年、真実はなぜか顔を赤くしている。
「手、離せよ!」
「あまり冷えてるから、つい。」
 握った手をぱっと離すと、一瞬、切なそうな表情になる真実。だがすぐに強気の表情に戻った。
「汚いボロい銭湯だな。」
 刹那、ユンファの手がひるがえっていた。
 思い切り頭を殴られて、真実は涙目になってうずくまる。慌てたキーリが走ってきて止めた。
「本当のことでも、腹が立つから殴った。謝らないよ。」
 さらりとユンファは悪びれることなく告げた。
「こ、こんな銭湯、誰が入るか!金返せよ、ババァ!」
 涙目で睨みつける真実に、キーリが青くなる。ユンファは軽々と番頭
台から飛び降りた。
「嫌だね。一度もらった金を、私が返すとでも思ったか。つべこべ言わず、さっさと脱いで浸かりな。体が冷えてるとろくなこと考えないよ。」
 舌先を出して馬鹿にする口調のユンファは、真実よりも長身で、大柄で、明らかにいかつかった。
「な、なんて、銭湯だ。客の扱いってものを……。」
「はいはい、お客様扱いしてやるよ。さぁ、脱ぎ脱ぎしましょうねー。」
 営業スマイルのまま、ぺいっと脱衣所に真実を投げ込み、さっさか脱がせるユンファ。細身の真実は身長でも質量でも腕力でもかなわず、あっという間に脱がされてしまう。
「ね、姐さん、ここ、男湯!?」
 止めるキーリを無視して、ユンファは裸になった真実を小脇に抱えて、すりガラスの扉をスライドさせて中に投げ込んだ。毎度のことながら、平然と男湯を開ける大女、ユンファの姿に、湯船の方から悲鳴が上がるが知ったことじゃない。
「お望みなら、洗ってあげるけど?」
「や、やめて!」
 もうほとんど泣いている真実を放って、ユンファは番頭台に戻った。
 しばらくして、暖まって出てきた真実が服を着て、赤い目をこすっていると、ユンファは近寄り、冷たいフルーツ牛乳を差し出した。
「今日は嫌な日だっただろう?嫌な話も聞いた。」

 取り引きされるブツは、人間の臓器だった。
 臓器のためだけに、子どもを育て、殺したのだと、あの男たちは誇らしげに語っていた。
 子どもは何も知らずに親のように彼らを慕ったと。
 最後の瞬間まで、何も疑わずに。

 裏切られた子どもの心境を考えずにはいられなかった真実。それを見ぬかれていたのかと、はっとしてユンファを見るが、彼女はもう番頭台に戻っていた。
「あ、ありがと、う。」
 赤くなりながらぽつりと零したセリフが、彼女に届いたかは分からない。
「あ、フルーツ牛乳の代金、キーリに払っといて。」
 ただ、彼女は抜け目がなかったことだけは確かだった。

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