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エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。 時に短編小説もあるかも?
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 病院に見舞いに来たフロットに相談するフェンリル。

「ちょっと、相談してもいいか。あんた、一応、年上だしさ。」
 唐突な申し出にも、フロットは快く応じる。
「俺で役に立てるなら。」
「俺、くぅに意識してもらえてないみたいなんだ。好きって言ったのに、ボクもって、無邪気に返されて。絶対意味分かってないよな。」
 ため息混じりのフェンリルに、フロットが赤面する。
「え?ちょ、おま、おま、お前、空音に好きって言ったのか?」
 慌てるフロットに、フェンリルもつられて赤面した。
「いけないのか?好きって言うもんじゃないのか、好きだったら。」
「好きって、要するに、プロポーズだろう?」
 斜め上のことを言われて、フェンリルは更に横滑りしたことを答える。
「そうだったのか!?じゃあ、俺、くぅと結婚していいのか!?」
 そういう問題じゃないと突っ込む人間は、この場には誰もいない。
 暴走したまま話は進んでいく。
「でも、意識してないんだろう。」
 少し冷静になりつつあるフロットに、フェンリルは問いかけた。
「どうすればいいかな?」
「と、特別な日に、プレゼントを贈るとか?」
 もじもじと答えたフロットに、フェンリルは真面目な顔で返す。
「プレゼントか。飴でいいかな?」
「それは違うだろう!た、例えば、花とか、指輪とか……。」
 もうどうしようもない無知な二人の会話は止まらない。
「指輪か、でも、俺、くぅの指の太さ、知らないんだよな。」
 ちなみに、指輪のサイズなどという知識は、フェンリルにはない。
「す、すまん、俺は用事ができた。帰るよ!お大事にな。」
 結局逃げたのは、フロットだった。

 後日。

「くぅ、指の太さ教えてくれ。」
「え?太さって、ボクの指、太いかな?」
「触っても分からないもんだな。」
 よく分からない会話をするカップルがいたりいなかったり。

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 夜の中心街は静まり返っていた。その中で動く五つの小さな影。
「本当に捕まえられるの?」
 可愛いふわふわの髪のセレーレは、隠密行動のためにかツナギを着ているが、その愛らしい顔と煌めく髪を隠せていないのであまり意味をなしていないかもしれない。しかも、肩に孔雀が乗っているので台無しである。
「犬っころがどれだけ信頼できるかによりますよね。」
 角を生やした小柄な竜の獣人、竜ヶ峰の言葉に、いつもの赤いパーカーを黒に変えたフェンリルは、肩をすくめる。
「犬っころ言うなよ。いい角してるから、許してやるけどさ。」
 頭を撫でられて、竜ヶ峰はやれやれと頭を左右に振った。ちなみに、動物好きのフェンリルは、竜ヶ峰がまさか竜の獣人などと思ってはいない。彼は、竜ヶ峰を「牛の獣人」と信じ込んでいた。
 なんて可愛い子牛なんだろう。
 そんな夢見るフェンリルの隣りには、犬の獣人の棗がいて、くんくんと鼻を鳴らしている。
「リス、近い……。」
「棗、あまり前に出てくるなよ。リスが警戒するから。」
 犬の獣人の匂いでリスが逃げないように、一応注意すると、棗は大人しく頷いた。
「早くしてよね。もうこんな時間じゃない。明日の授業で起きられなかったらどうしてくれるのよ?」
 文句を言いながらも最後尾からついてくるのはラーク。走りやすそうなシューズにショートパンツを履いている。
「もう少し広い場所に行かないと呼べないよ。」
 ため息をつきながら、フェンリルは街灯の灯る薄暗い公園に入った。
 フェンリルの異能、動物使いは本来その動物がいる場所の方が発揮しやすい。リスは森の木や地面にいるものだ。そこに近い場所として、フェンリルは公園を選んだ。

 目を閉じて両腕を広げる。

 どこにどんな動物がいるのか、気配で感じられた。
 一番近くには、犬の獣人の棗、そして、思い込みで牛の獣人になっている竜ヶ峰。少しずつ意識を広げていく。木々の上で夜を過ごす鳥たち、草葉の影の虫たち、家々の屋根裏・床下、また路地裏で動くネズミたち……。
 呼びかける。心の中で。広く広く両腕を伸ばして。
 蜘蛛の糸のように細く、どこまでも広く張られた感覚の網に次々とリスが引っかかってくる。
 呼ばれて彼らは、いそいそとフェンリルの元に集って来ていた。
 さぁっと公園の下草を小さな足音が走り、次々とフェンリルの腕にリスが登ってくる。首輪に星をつけたリスもいれば、ただの普通のリスもいる。腕に這い上がり、頭に登り、好き勝手に遊びだすそれらの感触に、フェンリルは目を開けた。
「こら、喧嘩するなって。いい子だ。」
 ポケットからナッツを取り出すと、それを奪い合うリスたち。ふと、一匹のリスがセレーレのふわふわの頭に飛び乗った。それを見て、ラークが笑う。
「なにそれ。巣みたいね。」
「巣って、ひどいな!」
 ちょっとむくれながらも、存外悪い気はしていない様子のセレーレ。
「星をいただきましょうかね。」
 手を伸ばした竜ヶ峰に、シーッと声を上げて威嚇するリス。
「一応、使命感があるみたいだな。」
 ふわふわの尻尾でくすぐられ、笑いながらフェンリルは棗に手を差し出した。棗の犬の匂いに、リスが警戒して尻尾をゆらゆらさせる。
「大丈夫だよ、こいつはいい奴なんだ。俺の友達だ。」
 人間の誰に話しかける時よりも穏やかに静かに優しく話しかけるフェンリルに、そろりそろりとその手からリスが一匹棗の腕に飛び乗った。
「フェンリル……リスが……。」
 突然のことにどうしていいか分からない棗に、フェンリルはリスに手を添えた。
「星を貰えよ、棗。ほら、こいつなら大丈夫。」
 きょとんと棗を見つめるリスのつぶらな瞳にたじろぎながらも、棗はリスの首輪から星を外した。
「私も星をもらえないんですか、犬っころ?」
 文句を言ってきた竜ヶ峰の手にも、フェンリルは手を添えてリスを乗せてやった。ラークはちゃっかりとナッツでリスをおびき寄せ、素早く星を奪っている。
「一応、役に立たなくもないのね。」
 ラークに言われてフェンリルは顔を顰めた。
「フェン、この子、僕の頭を巣にしちゃったみたい。」
 どうするか困っているセレーレの頭のリスから、フェンリルは星を取って、セレーレに手渡した。セレーレの肩の上で孔雀がリスを威嚇しているが、リスは馬鹿にする様子でセレーレの頭の上でくつろいでいた。
「孔雀は肉食だろう?食べるんじゃないぞ?」
 フェンリルがセレーレの孔雀に言い聞かせると、孔雀は渋々といった風情で威嚇をやめた。
「小さな動物に……触ったのは初めてだ。」
 ぼそりと言う棗に、フェンリルは手を繋いで架け橋のようにして、リスを大量に乗せてやる。棗の肩を駆け、頭に登り、耳を毛づくろいするリスたちに、棗は珍しく慌てているようだった。

「ねえ、ちびっこ達、お姉さんにそのリス、もらえないかな?」

 ふっとよぎった赤い色彩に、リスたちが一斉にフェンリルの元に戻る。怯えた様子のリスに、フェンリルは巨大な斧を手にした軍服の女性に身構えた。
「なんだ、テメェ?」
「俺はアシュレイ。星を置いて尻尾巻いて逃げるんだったら、見逃してあげるよ。」
「はっ!?正気かババァ。自分の言ってること分かってるのか?誰がそんな都合のいいこと、するかってんだ!」
 風を切る音がして、フェンリルの眼前に斧が振り下ろされる。真っ二つになるのを寸でで逃れたフェンリルは、赤い髪の長身のアシュレイを睨みつけた。
「君、威勢がいいね。でも、そういう子は真っ二つにしちゃうかも。あ、殺しちゃいけないんだっけ。ルールは守らないとね、ルールは。」
「なにしやがる!死にくされ、デカババァ!」
 フェンリルの叫びとともに、近くの木からばぁっと鳥が飛び立ち、アシュレイの目を狙って突撃してくる。
「逃げるぞ!このババァヤバイ!」
 その隙を突いて、全員別方向に走りだす。フェンリルを守るように、後を追ってリスや鳥や猫や犬が集まってきて並走した。
「逃げたって無駄だよ!」
 アシュレイは小鳥を振り払い、真っ直ぐにフェンリルを追いかけてくる。
「クソババァ!俺が若いからって嫉妬するんじゃねぇよ。」
 悪態をつきながらも、明らかに距離を詰められていることに、フェンリルは驚愕を隠せなかった。フェンリルは力はないがすばしっこい。足だって早い。大抵の相手には足では勝てる自信があった。けれど、アシュレイは明らかに人間離れしている。
「俺に『ゴシック』を使わせるなんてね。」
 それが異能の名前だと気付く前に、フェンリルは恐ろしい跳躍力で跳んだアシュレイに追いつかれていた。斧の柄がまともに背中を叩きつける。軽いフェンリルの体は吹っ飛ばされて、細い路地の壁にぶつかった。
「渡す気に、なった?」
 見せびらかすように巨大な斧を構えるアシュレイを、フェンリルの周囲の動物たちが一斉に威嚇する。倒れたフェンリルは咳き込みながら、壁に手をつき、緩慢な動作で立ち上がった。体がみしみしと悲鳴を上げている。
「だ、れが、わたすか!」
 殺してはいけないというルールを完璧に守っていては、自分が殺されると悟ったフェンリルは、懐から4本の投げナイフを取り出した。投げた瞬間に、間髪を入れず走りだす。
 投げナイフを斧で叩き落すアシュレイの懐に入って、フェンリルはナイフで斬りつけた。投げナイフよりもやや大ぶりのそれは、アシュレイの軍服の腹の部分を切り、薄く傷をつけるのみに終わってしまう。突けばよかったのかもしれないが、さすがにそれはできないと、本能的に加減してしまったことをフェンリルは後悔した。
 ひゅんと薙ぐ斧の柄は、遠心力と刃の重さも加わって、フェンリルの胴体を簡単にふっ飛ばした。肋骨の折れる嫌な音が体の中で響いて、フェンリルはうめき声を上げる。
 倒れて動けないフェンリルに近寄り、ポケットに入れていた星を奪おうとするアシュレイの指に、リスが果敢に噛み付いた。痛みに反射的にリスを払うアシュレイ。リスは振り落とされて、鳴き声を上げた。
「やめろ!こいつらに、手を、出すな!」
「そうね。ねぇ、君の星がないみたいだけど、それも渡してくれないかな?そうしたら、やめてあげる。」
 最早優しいとも感じられる口調のアシュレイに、フェンリルはいつの間にか、自分が右手を握り締めていることに気付いた。倒れた瞬間に、自分の腕章から星を引きちぎって無意識に守っていた。
「これは……。」
「人とリス以外なら、殺してもいいんだよね?」
 アシュレイの目が、フェンリルを守るように取り巻く犬猫鳥たちに向かう。
「やめろ!」
 フェンリルは苦しい息の中、声を搾り出した。
「首輪をつけてないリスなら、殺してもいいのかな?どう思う?」
 ぐりっとアシュレイの靴がフェンリルの右の手首を踏んだ。そのままぐりぐりと踏みにじる。
「手を、開いた方が、いいんじゃないかな?」
 口の中を切ったのか、鉄さびの味が口腔内に広がっていた。フェンリルは握った右手を震わせる。
「フェン!!!!!」
 ばたばたと駆けてくる足音に、フェンリルはそちらを向けなかったが、誰が来たのか声で分かった。
「空音!駄目だ、来るな!」
 叫ぼうとしても、肺がやられているのかくぐもった声しか出ない。
「運営の医療班、ルリエナです!ギルドのフェンリルから離れなさい、軍のアシュレイ!規則では、死に至る傷を負わせることは禁じられています!これ以上傷を負わせると、あなたを失格と報告します!」
 明るい茶色の髪の少女、空音とともに来たのは、長身の医師、ルリエナだった。
「あー面倒くさくなりそう。いいわ。二分も過ぎちゃったし、今日はここで退いてあげる。」
 斧を一振りして、アシュレイは長い足で大股で去っていく。
「フェン、血が、血が……。」
 気がつけば、口から垂れる血と、壁にぶつけた時に切った額から垂れる血で血まみれのフェンリルに、空音が涙を零す。
「すぐに止血するから。」
 長い手を伸ばすルリエナが傷の処置をしようとしても、空音はフェンリルから離れようとしなかった。
「くぅ、大丈夫だ。大丈夫だから。」
 泣く空音の表情が歪んで見える。

 泣かないでほしい。
 どうか、泣かないでほしい。
 俺は大丈夫だから。

ーー本当に、天狼(ティエンラン)は泣き虫ですね。
 姉の声が聞こえた気がした。
 小さい頃、姉がすっ転んで膝を切った時、姉は泣かなかったが、フェンリルは大泣きしてしまった。
ーー天李(ティエンリー)がしんじゃう!しんじゃうよ!
ーー私は大丈夫。天狼、泣かないで。
 姉はいつだって優しく強かった。


 目が覚めると、白い部屋で白いベッドの上にいた。点滴の針が腕に刺されている。
「フェン?分かる?くぅだよ、フェン!」
 涙をいっぱいに溜めた青い目を見た瞬間、フェンリルは自己嫌悪で死にそうになった。
 傷だらけで女に負けて踏みにじられているところを、空音に見られた。しかも、泣かせてしまったし、今も泣かせている。
「くぅ……ごめん。」
 負けてしまった。ギルドに星を持って帰れなかった。そして、それ以上に彼女に心配をかけてしまった。そのことが悔しくて、フェンリルは俯く。
「大丈夫!フェンはリスさんたちを守ったんだもん!動物さんはみんな、無事だったよ!」
 涙を拭いて、笑顔で言ってくる空音に、フェンリルは頭を抱えたくなる。
「そういう問題じゃなくて……。」
「ボクはフェンが無事だっただけで、充分だよ。」
 手を握られ、真面目な表情で言われて、フェンリルは言葉に詰まる。赤面したフェンリルを、空音はまだ真剣な顔で見つめている。
 思わず、笑いが漏れた。
 体に痛みが走るのも構わず、フェンリルは点滴を打たれていない、自由な腕で空音を抱き寄せる。
「くぅが、好きだよ。」
「うん、ボクも、好き。」
 無邪気に答える空音に、フェンリルは「意味分かってねぇな。」と苦笑した。

拍手

「ロッシ君、手伝ってくれてありがとう。」
 ふんわりと笑うシエラの白い髪から、白い三角の耳が見える。白い尻尾を持つ猫の獣人シエラは、幼なじみの青年ロシエラに微笑みかけた。
 ティーエの診療所で開かれた女子会の後、注文が急に増えたので、急いで仕入れた材料のダンボールを、ロシエラに運んでもらっていたのだ。
 もちろん、ロシエラは男性で恥ずかしがり屋なので、表の下着が見える場所には入らないで済むようにした。それでも、ダンボールの中身が下着の材料というだけで、ロシエラは被り物の下で顔を赤くしていたような気がするのだが。
「シーちゃんのためなら、お安い御用でござるよ。」
 それでも明るい声で言ってくれるロシエラに感謝の意を示す方法をしばらく考えてから、ふとシエラはもらいものの割引券を取り出した。確か、異邦人街で有名な銭湯の割引券で、お客の一人がくれたものだった。
 シエラは大勢の人間がいる場所で裸になどなれなかったが、ロシエラならば使えるかもしれない。そう思い、シエラはそれを差し出した。
「これ、良かったら使って。今日の疲れを癒してね。」
 微笑んだシエラに、ロシエラは渡された割引券をまじまじと見つめる。


 黒い被り物をした青年がやってきても、ユンファは全く動じることはなかった。この程度で動じていたら、異邦人街で銭湯など経営できない。
「こ、これ。」
 割引券を出されて、ユンファは値段を告げる。すると、慣れない様子でおどおどと青年は小銭を渡した。
「私はユンファ。あんた、初顔だね。名前は?」
 馴れ馴れしく聞くと、青年はぼそぼそと答えた。
「ロシエラ・ハシュミルトでござる。」
「あぁ、そう。じゃ、ごゆっくり。」
 あっさりと告げて、ユンファはもう興味ないとばかりに視線を外した。


 のれんをくぐった脱衣所では、様々な年代の男性が、服を脱ぎ着している。その様子は初めて銭湯に来たロシエラには異様に見えた。
 心の安定のために、飴を取り出して舐めようとした時、番台の方から声がかかる。
「うちで購入したもの以外、飲食禁止だよ!」
 先程のユンファという色黒で長身の女性の声だと気付き、ロシエラは慌てて飴をしまった。しかし、どうしていいのか分からない。
 脱衣所のどこで脱げばいいのか、財布などをどうすればいいのかも分からないロシエラに、眼帯をつけた青年が近寄ってきた。
「貴重品はロッカー。脱いだものは、そこの籠に入れるんだよ。」
 ここで働いているらしい青年は、囁いてから急いで仕事に戻った。洗面所のタイルを磨く青年の背中に胸中で礼を言ってから、ロシエラは貴重品をロッカーに入れた。
 それから、風呂がどのような場所なのかを先に確かめようと、そのまま浴室のすりガラスの扉を開けようとした瞬間。

 番台から、軽やかに長身のユンファが降り立った。ホットパンツに素足の彼女は長い足ですたすたとロシエラに歩み寄り、むんずとその襟首を掴む。
「脱いでから入るんだよ!脱いでから!」
「わ、分かっているでござるよ!?」
「分かってないから、脱がずに入ろうとするんだろう!」
 ユンファの手が閃いた。
 あっという間に剥かれていくロシエラ。
 被り物を剥がされ、黒い衣装も剥かれ、下着に手をかけられたところで、彼は悲鳴を上げた。
「や、やめるでござるぅぅぅ!僕は自分で脱げるでござるよぉぉ!」
 あまりに悲痛な悲鳴に、ユンファも手を止める。
「最初からそうしてればいいんだよ。」
 ふんっと鼻息荒く番台の方へ戻っていくユンファの後方で、ロシエラはへなへなとその場に座り込んだ。
「女性に、服を脱がされるなど……脱がされるなど……。」
 恥ずかしさで倒れかけているロシエラに、眼帯の青年がぽんと肩に手を置いた。
「ここに来る奴の四分の一は通ってる道だから。犬に噛まれたと思って忘れるんだ。」
「恥ずかしいでござるぅ。」
 泣きそうな声のロシエラを、眼帯の青年は同情する目付きで見守っていた。

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 ふらりと入った異邦人街で、サーカスが開かれていた。立ち並ぶ出店と、楽しそうな家族連れの姿。天気の良い休日ののどかな昼下がりの風景に、ルリエナはふと足を止めた。
 こういう場所に父はよくルリエナを連れてきてくれた。長い薄水色の髪の美しい父が、水を使った大道芸で子どもたちをわかせるのを何度も見てきた。ルリエナは父よりもウロコを隠す能力が低いので、あんなことはできないが、父の大道芸は見事だったと覚えていた。
「これで最後にしますわ。ダンバイスは口を出しすぎですの。」
「これで最後、これで最後と何度言ったか分からんな。だから太るのだぞ?」
 若い男女の言い争いに、ルリエナが振り返ると、見知った顔があった。確か、同じ運営の医療班の若い二人だったと思われる。虹のような色彩の美しい髪で貴族のような立派な身なりの青年と、少し独特だがこちらも美しいドレスを纏ったピンク色の髪の娘。確か、名前はダンバイスとホンウだったか。運営の医療事務所でも、一緒にいて話しているのを何度も見たことがある。
「わ、わたくしは、太ってなどいませんわ!」
「例え、万が一、そうだとしても、これだけ食べていれば、そのうちに丸々とするのは目に見えている。」
 これから始まるゲームのために、何度か顔を会わせて短い言葉を交わしたことがある二人の言い争いに、思わずルリエナは口を挟んでいた。
「どうしたのかな?えーっと、ダンバイスくんと、ホンウちゃん。」
 名前を呼ぶのは職業柄の癖かもしれない。一人ひとりの患者を物として見ないために、必ず名前を覚えて呼ぶ。それは医者としてルリエナの大事とするところだった。
「なんでも、ありませんわ。ルリエナ様も、サーカスを見に来られたんですか?」
「サーカスを見に来たはずなのに、ホンウが出店から離れずに、アイスクリーム、チョコバナナ、焼きとうもろこしに、今度はたこ焼きを買おうとしているから、肥満の元になると注意を促しているだけのことだ。」
「ダンバイス!ダンバイスだって、サツマイモ揚げに、ポテトフライを食べていたではありませんか。」
 ばらされて慌てるホンウに、ルリエナも慌てた。
「よく食べるのはいいことだと思うよ。若いんだし、そんなに無理をしなくても……。」
「そして、その先は成人病か。良かったな、ルリエナ医師はホンウの味方のようだぞ。」
 激しい嫌味に、ホンウはしゅんとうなだれてしまった。
 うなだれているホンウをどうしていいか分からずに、慌てるルリエナのそばに、サーカスのピエロが寄ってきた。コミカルな動きで、手の平を見せ、何もないことを確認させてから、きゅっとそれを握り、開くと小さな造花が現れる。
 造花を渡されてホンウは顔を上げた。
「あ、ありがとうございます。」
「運営医療班のお三方がお揃いで、楽しそうじゃない。俺も混ぜてよ。」
 にこにこと笑うピエロの声に聞き覚えがあって、ルリエナは呟いた。
「レナートくん?」
 確か運営の監査班にそんな名前の青年がいたはずだ。
「ルリエナせんせと、ダンバイスくんで、ホンウちゃんの取り合い?医療班もほっとけないね。」
 心底楽しんでいる口調のレナートに、ルリエナは首を振る。
「ま、まさか。違うよ。偶然会っただけ。レナートくんはここで働いてるの?」
「そう。俺は楽しいことが大好きだから、子どもたちを楽しませてあげてるんだよ。」
 どこからか手の平に乗る大きさのボールを取り出し、ぽんぽんと放り投げて三つ同時にとったりするレナートの周囲に、観客が集まってくる。
「すごいですわ。」
 目を輝かせるホンウに、ルリエナもレナートに拍手を贈った。
「ルリエナせんせが偶然出会ったってことは、ホンウちゃんとダンバイスくんはデートだったの?」
 パフォーマンスを終えて興味津々に聞いてくるレナートに、ダンバイスが憮然として答える。
「デートなど冗談ではない。ホンウ一人で歩かせると確実に迷子になる故、仕方なくついてきただけだ。」
 そっけない言い方に、興を削がれたのか、レナートは肩をすくめた。ピエロの化粧と衣装でやっているので、どこかその仕草はコミカルに思える。
「良かったら。」
 そのまま行ってしまいそうなレナートをルリエナが止めた。
「僕、たこ焼きが食べたいんだけど、一人じゃ多すぎるから、レナートくんと、ホンウちゃんと、みんなで食べないかな?」
 仕事中にごめんね、と謝りつつ微笑むルリエナに、ホンウが顔を輝かせる。
「よろしいのですか?」
「こっちがお願いしてるんだけど。」
 喜ぶホンウの姿に、レナートはもう一度肩をすくめてから、言った。
「たこ焼きねぇ。まぁ、いいや。ダンバイスくんには飴ちゃんあげるよ。」
 何もない手を握ると、ぱっと飴が数個現れ、ダンバイスにレナートはそれを降らせた。落とすわけにもいかず、とりあえず、受け取るダンバイス。
「私を子供扱いするな。」
「僕みたいなおじさんからみたら、みんな、若いよ。」
 くすくすと笑いながら、ルリエナはたこ焼きの出店の列に並んだ。

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 マフィアの実戦部隊のシスター・イルマを、ユンファは知らないわけではなかった。
「カウンターでいいですか?」
 居酒屋きょうこつの店員が恐る恐る聞いてくる。店内は賑わいを見せ、厳しい面の店主が黙々と焼鳥を焼いていた。空いている席は二つ。そうなれば、並んで座るしかない。
「あんた、シスターとか呼ばれてる……。」
「えぇ、イルマでいいわ。」
 ユンファが小声で問いかけると、イルマはあっさりと言った。確かユンファよりも年下だったと思いつつ、じっと見つめる彼女の白い額には、線のようなものがある。特に気にすることなく、ユンファは話題を変えた。
「ここは初めてかい?私は常連なんだけど、あんたが来てるのを見たことがなくってね。」
「そうね。初めて来たわ。安くて美味しいって聞いたから。」
 イルマの答えに、ユンファは目を輝かせる。
「あんた、すっごい食べるんだろう?ねぇ、焼き鳥をどっちが多く食べられるか勝負しないかい?負けた方がお勘定を持つってことで。」
 人懐っこいユンファに気圧されたのか、イルマは苦笑した。
「よく知ってるわね。」
「レノリアが詳しくってさ。あ、レノリア知ってるかい?」
「よく働くあの子ね。」
 ワーカーホリックとでも言うべき若いレノリアを思い出すイルマに、ユンファはなぜかもじもじと下を向いた。しかし、すぐにばっと顔を上げる。
「私、ものすごく食べるから、適う奴いなくて、退屈してたんだ。いいだろう?」
 挑戦的なユンファのオレンジの目に、イルマは退屈しのぎにと、頷いた。

「焼き鳥10本セットを10組!」
「私も!」
 食べ終わった串を差す容器が最早用をなしていない。
 次々と二人の胃袋の中に消えていく焼き鳥に、店員が顔を青くしていた。
「それにしても、あのゲームとやらは、面倒くさそうだね。何があるのか、公表もしないで、焦らすだけ焦らして。さっさとやって、さっさとうちが勝てばいいんだよ。」
 もぐもぐと高速で咀嚼しながら呟くユンファに、イルマはほろ酔いでため息をつく。
「次々と人員がかき集められてるけど、誰を信じていいのか分からない状態だしねぇ。」
「新参のメンバーとか私、全然分からないよ!」
 コップ酒を一気に煽るユンファに、イルマも酒で口を湿らす。
「これから、この街はどうなるのかしらね。」
 遠い目をして最後の一串を食べ終わり、次を注文しようとユンファとイルマが同時に手を上げた瞬間、駆け寄ってきた店員が、深々と頭を下げた。
「すみません、もう、材料がなくなって……。」
「はぁ!?勝負がつかないじゃないか!」
「私はまだ食べられるわよ。」
「私だって!」
 余裕の表情のイルマに、同じくまだ余裕のあるユンファ。彼女たちの胃袋に消えた焼き鳥は何百本となっている。
「じゃあ、次は飲み比べに移行するかい?」
 ユンファの言葉に、店員が青くなって店長を見た。厳しい表情で店長が歩み寄ってくる。
「お引取りを。」
 二人は仲良く居酒屋の外へ押し出された。

「もう一軒、行くかい?」
 飲み足りない、食べ足りないユンファがイルマを誘うが、イルマは首を振った。
「やめておくわ。勝敗は、分からない方がいいような気がするから。」
 謎めいたイルマの言葉に、ユンファはきょとんと目を丸くする。
 そして、すぐに笑顔になった。
「うち、銭湯なんだ。今度おいでよ。」
 常備している割引券を渡すと、イルマは一応それを受け取ってポケットにしまう。
「じゃあ、また会うことがあったら。」
「だから、銭湯においでってば。また会うんだよ。チャンスってのは、自分で作るんだ。」
 どれだけ飲んでも酔わないユンファの真っ直ぐな言葉に、イルマは痛みをこらえるように微笑んだ。
 街灯が二人を照らしていた。

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