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エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。 時に短編小説もあるかも?
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 すがりついた体がするりと逃れていく。
 泣き声も、叫び声も、もう届かない。

 SilenceOrNoisy

 死の静けさと、生の悲しみ。
 あなたのいない私なら、生きている価値はない。


―――――――――――――――――――――――


 扉を開けると、部屋の中は暗かった。
 突然、部屋が明るくなって、アルフォンソは目を瞬かせた。眩さに目が慣れてくれない。
「アルフィーネ、どうしたの?」
 優しい声が聞こえてきた。
 横でくくった灰色がかった緑の髪、優しげな青緑の目。
「アルフォンソ!」
 思わず駆け寄っていた。両手を広げたその男性は、大柄ではないその体でしっかりとアルフォンソを……アルフィーネを抱きしめた。
「相変わらず甘えっ子さんだね、うちのお嬢さんは。」
 額にかかる髪を撫でつけ、キスを落とすその男に、アルフィーネは目を閉じた。

 アルフォンソ・ニコロ・ロベルタ。

 フィーネ・グィドーという名前だった自分を引き取り、アルフィーネ・マリア・ロベルタと名付けてくれた人。
 最愛の、最上の人。
 薄汚れて痩せた可愛げのない子どもだった自分を、この上なく愛してくれた人。

 いつの間にか、アルフィーネは自分が15の子どもに戻っていることに気付いた。細い手足、痩せた体、膨らみも僅かな胸。
 靄のかかったような幻想の世界のような不可思議な場所で、アルフィーネはひたすらにアルフォンソにすがりつく。
「もうどこにも行かないで。私、私、アルがいないと生きていけないよ。」
 14年前と同じように、アルフォンソは困った笑顔でアルフィーネの極彩色の髪を撫でた。
「僕は行かないと。戦うことが、僕の仕事だから。」
 各地を転々としながら軍に入り、傭兵として汚れ仕事を続けているアルフォンソを、当時のアルフィーネはよく知らなかった。アルフォンソがどんな気持ちでそれをこなしていたのか。いつだって、自分の前ではアルフォンソは優しく穏やかだったから。
 ただ、14年前のあの時だけは違った。
 泣き喚いて足にすがりつくアルフィーネを払ってでも、アルフォンソは戦場に出た。一番激しい前線に。
 今回は逃がさないとぎゅっとしがみついた腕を、丁寧に剥がされてアルフィーネは叫んでいた。
「どうして!どうして、私を置いていくの?最初に会った時に、ずっと一緒だって、言ったじゃない!絶対に幸せにするって!」
 ふわりと、唇をかすめ取られて、アルフィーネは目を丸くする。目の前に、アルフォンソの顔があった。
「ほら、そうやって泣かれると、全部僕のものにしたくなる。全部、全部。」
 いたずらっぽく笑うアルフォンソの目に、男性を見て、アルフィーネは赤面した。
「い、いいよ。私、アルならいい!」
「嘘。ほら、お腹が空いてきた。パスタのいい匂いがしているよ?」
 その言葉の通り、鼻に届いた香りにアルフィーネは反応する。
「ルーカくんのパスタだぁ!」
 ぐぅとお腹が鳴った。口の中が唾でいっぱいになり、たらりとよだれが垂れる。
「ルーカくぅん、どこにいるのぉ?アルさん、ルーカくんのパスタ、食べたいよぉ!」
 体を放した隙に、するりとアルフォンソが離れる。
「愛してるよ、アルフィーネ。いつまでも、どこででも。」
 額にキスが落とされた。

 眠れないと泣いた夜に、長い前髪を撫でつけて落してくれた、甘いキス。
 手をつないで眠った夜明けの目覚めた時、無防備に眠るアルフォンソの睫毛。

「忘れない。私、アルが好きだったよ。」
「僕も、君が大好きだよ。」
 誰よりも何よりも愛した相手。
 失った時に、神も世界も全て恨んだ。
「でも、ルーカくんのパスタが食べたいって、私のお腹が呼んでるから。」
 さよならを言うと、アルフォンソはひらひらと手を振った。


 扉から出ていくアルフィーネの背中を見ながら、アルフォンソは呟く。
「本物に出演させるとか、酷い仕事もあったもんだ。」
 「ま、キスできたし、役得かな。」とアルフォンソは伸びをして逆の扉から出て行った。


アルフォンソ 四回戦 勝利 星2個→3個

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 いつも軽やかなはずのアルフォンソの足取りが、その日は非常に重かった。極彩色の長い髪を一つに纏めて、俯き加減のアルフォンソは今日は胸がひし形に空いた軍服を着ていない。代わりに、黒いレースのワンピースを着ていた。細い体にぴったりとしたワンピースは、彼女の美しい肢体をひきたてる。
 その手に持っているのはバルーンアートの犬とウサギ。それを大事そうに抱えて、アルフォンソは病室の扉をくぐった。
 ベッドに寝ているのは、褐色の肌にこげ茶色の髪の長身の女、ユンファだ。肌の色が濃いので打撲の跡は目立たないが、足をギブスに包んで吊っている。
 赤い縁の眼鏡をかけたユンファは、アルフォンソをちらりと見た。
「何か用かい、軍人さん?」
「アルさんはぁ、軍人さんって名前じゃないですぅ。」
 甘えたような独特の鼻にかかった声も、今日は心なしか弱々しい。
「これ。」
 バルーンアートの犬とウサギを手渡されて、ユンファは顔をしかめた。
「なんだい、これは?」
「わんちゃんとぉ、ウサちゃんですぅ。嫌いですかぁ?」
 悲しげな青とも緑とも紫ともいえない不思議な目で見られて、ユンファは犬とウサギを摘み上げる。
「嫌いじゃないけど……。」
「良かったぁ。アルさん、お見舞いなんて何を持っていけばいいか、分からなかったんですよぉ。アシュレイちゃんにぃ、相談したらぁ、アルさんの好きなものを持っていけばいいってぇ、言われたんですぅ。」
 やっと頬笑みを見せたアルフォンソに、ユンファはため息をついた。
「それで?」
 軍人がなぜマフィアの自分のところに見舞いに来るのか。
 それを問うと、アルフォンソは俯いてしまった。
「ルーカくんはぁ、あんなこと、したかったんじゃないと思うんですぅ。絶対に、絶対に、喜んで傷つけたわけじゃないのぉ。」
 うるりと眦に溜まった涙に、ユンファは小首を傾げた。
「ルーカって、あの、金髪の?」
「そう!すっごく優しいんですよぉ。かっこいいしぃ、お料理も上手だしぃ。アルさん、ルーカくんのぉ、お嫁さんになりたいのぉ。」
 にこにこと語りだしたアルフォンソの表情と感情の変化に、ユンファはついていけない。
「痛かった、ですか?」
 急に真剣な目で問われて、ユンファは軽く頷く。
「痛くないわけないさ。でも、こんなのは覚悟済みなんだよ。最初から。」
 このゲームが始まってから。
 最初から、分かっていたことだった。
 誰かが誰かを傷つける。
 被害者になるか、加害者になるか、どちらでもおかしくはなかった。
「ルーカくん、ルーカくんじゃぁなかったんですぅ。ルーカくんなんだけどぉ、ルーカくんっぽくなくてぇ。」
 意味不明なことを言い出したアルフォンソに、ユンファは苦笑する。
「あんたは、神様を信じるかい?」
「ルーカくんはぁ。」
 そこで言葉を切って、アルフォンソは少しだけ考える。
「ルーカくんはぁ、神様を信じてます。でも、アルさんとルーカくんのぉ、信じる神様はぁ、違う気がするんですぅ。」
 亡くした家族のために祈りを捧げるルーカと、欲しいものを願うアルフォンソとは真逆な気がするのだと、アルフォンソは言う。
「アルさんはぁ……私は、アルフォンソを助けてくれなかった神様とか、運命とか言うものを、憎んでる。でも、アルフォンソと出会わせてくれた神様とか、運命とかがあるなら、そして、ルーカくんと出会わせてくれた何かがあるなら、それに対しては祈るかもしれない。」
 ふっと、アルフォンソの声から甘ったるさが消えた。
 手の届かない過去を追いかける目は、限りなく遠い。

 アルフォンソは……アルフィーネは両親を覚えていない。遠い親戚である育ての親、アルフォンソによれば、父親はおらず、8歳まで母親と暮らしていたという。しかし、アルフィーネはそれを覚えていない。
 フィーネ(fine)……終わりという意味の名前に、アルを付けてくれたのも、アルフォンソだった。
――特別に、アルフィーネに、僕のアルをあげるよ。君は、終わりなんかじゃない。
 そのアルフォンソが15の時に戦争で死んだ後、アルフィーネはアルフォンソと名乗り始めた。彼の遺産で大学に通い、彼と同じ軍人になった。

「病院代はぁ、アルさんが払っておきます。」
 過去を振り払うように背中を向けたアルフォンソに、ユンファは声をかけなかった。
 アルフォンソと入れ違いに、眼帯の青年、キリシュが病室に入ってくる。
「姐さん、銭湯の仕事が回らないよ。」
 疲れた様子のキリシュに、ユンファはにっこりと微笑んだ。
「時給上げてやるから、がんばりな。」
「本当に!?」
 時給を上げるという言葉に、キリシュの目が輝く。
「キーリ。」
 愛称を呼ばれ、キリシュは片方だけの目を瞬かせた。
「あんたも、いつか私の元を離れて行くんだろうね。」
 誰もがそうだ。
 人は一人で生まれ、一人で死んでいかなければならない。
 それでも。
 一瞬、触れ合った体温は、確かにその先の人生の導となるから。
「俺、追い出されるの?」
 不安げなキリシュに、ユンファはため息をつく。
「安賃金でこき使ってやるよ。」
 でも。
 でも、とユンファは続ける。
「どこに行ったっていいんだ。私は、あそこにいる。多分、それが私の信仰なんだろうね。」
 銭湯を守り続けること。
 それこそがユンファの願いだった。
「どうせ、見舞いの食べ物をあさりに来たんだろう?残念ながら、全部食べたよ。さっさと帰って働くんだね!」
 高笑いとともに送り出されて、キリシュはしょんぼりしながら踵を返す。その背中に、ユンファはバルーンアートを投げつけた。
「なにこれ?」
「ウサちゃんとわんちゃんだってさ。もらっときな。」
「あ、ありがとう?」
 食べられないものをもらって微妙な表情のキリシュを、ユンファは笑って見送った。

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