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エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。 時に短編小説もあるかも?
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 その客を見た瞬間、ユンファは彼女を凝視してしまった。ファンタジー小説からはみ出したのかと疑いたくなる不可思議な格好に、長い長い白い髪。銀ではなく白、である。そのくせ、年は明らかにユンファより若かった。
 視線に気づいたようで、料金を手渡しながら、彼女もユンファを見てくる。
「あんた…名前は?」
「どうして名前を言わなければいけないわけ?名前を言わないと風呂にいれないような、そんな大そうな場所なの?」
 皮肉たっぷりに言われて、ユンファはため息をつく。
「いや、初めての顔だから。私はユンファ。リョン・ユンファ。」
 そこで言葉を切ったユンファに、彼女は次の言葉を待つように長い髪で片方かくれた目をユンファから外さなかった。
「あんた、髪は結ぶんだよ。絶対に湯舟に浸けないように。風呂用のゴムは自販機で売ってるから。」
 ユンファが言いたかったのは、それだけ。長い髪が湯舟につくとお湯の汚れが激しいのだ。そうなれば、お湯の入れ替えもしなければいけなくなる。
「分かった。」
 真剣なユンファの様子に気圧されたのか、素っ気ないながらも彼女は返事をしてくれた。それならいいと、ユンファはもう彼女から目を外す。
「ニルチェニア。」
「え?」
「名前。」
 もう興味なさそうに服を脱いでいる彼女、ニルチェニアの名前をユンファはしっかりと覚えた。

 銭湯では、湯舟に髪がつかないようにしましょう。

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 仕事を終えたレノリアが疲れた様相で通りを歩いてくるのに気付いて、ユンファは軽く片手を上げて声をかけた。
「レノリアじゃないか。いいところに来たね。今、ちょうどいい時間なんだよ。」
 時間外の仕事だったので、時刻は夜明けに近くなっているのに、いい時間とはどういうことだろうと足を止めたレノリアを、ユンファは馴れ馴れしく自分の銭湯に連れて行く。異邦人街の中でも低所得者層の住む区域の銭湯は、薄汚く、年季が入っている。
「家に帰って休みたいんだけど。」
 文句をいうわけではないが、僅かならぬ疲れを感じていたレノリアがそう主張すると、ユンファはひょうきんに目を丸くした。
「だからこそ、だよ。」
 銭湯にはまだ準備中の札がかかっている。この時間にくる客は少ないので、今のうちの掃除をしてしまうのだろう。掃除されたばかりの銭湯は、古いながらも清潔で、壁にヒビが入っているがそれなりに見えた。
「風呂に入っていきなさいって、ことね。」
 諦めた口調のレノリアに、ユンファはにこりと微笑んだ。
「特別なんだからね。レノリアだから、特別に招待してあげるんだよ。いつもは、私が一人占めするんだから。」
 銭湯の娘として、広い風呂を一人占めするのが日課であるらしいユンファは何故かレノリアに特別を強調する。
「私、何かあなたにしたかしら?」
 服を脱ぎながら問いかけて来たレノリアに、ユンファはぽつりと呟いた。
「自販機でお金が足りなかった時に、ジュース買ってくれたでしょ、一昨日。あの時、力使って、すっごい低血糖だったんだ。倒れそうなくらい。だから……いいから、浴びて行ってよ。」
 少し照れた風情に彼女が、確かに一昨日ものすごい悪い顔色で自販機の前で座り込んでいたのを思い出し、そうだったのかと納得するレノリア。
「でも、ただじゃないからね!」
 そこらへんは、抜け目のない彼女が、今後、レノリアに好意的な様子を見せるのは、まさに、餌付けされた犬状態であった。

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 その客は一目で初めてと分かった。
 番台の前をびくびくしながら通りすぎようとする黒髪に黒い目の青年を、ユンファはぎろりと睨みつけた。
「先払いだよ!」
 料金を告げると、彼はもたもたと財布を開く。
「こ、これ。」
「なんで札で出すかねぇ。お釣りが面倒じゃないか。しかも、こんな大札。」
 文句を言うと、明らかに狼狽した風情の青年。年齢の割に、動作が幼い。だからといって金の亡者、ユンファが許すはずもなかった。
「ほら、お釣りだよ。さっさと入りな。」
 素っ気なく言うと、そそくさと脱衣所に入っていく青年。しかし、番台から脱衣所が丸見えなのに気づいて、唖然としている。
 恐らく、マフィアの一員で上司から硝煙の臭いを消してこいとここに押しやられたのだろう。あまりの慣れていない素振りに、周囲の常連客の老人が脱衣所の使い方を教えている。
「貴重品はあのロッカーに入れてな、脱いだ服はこの棚のカゴに入れるんだよ。」
「き、き、貴重品って、銃も、ですか?」

 脱衣所の空気が凍りついた。

「あんた、ちょっと来な!」
 番台から飛び降りてずかずかと歩み寄ってきたユンファに、青年は目を丸くしていた。長身大柄骨太なユンファはむんずと青年の襟首を掴んで、耳元で低く囁く。
「マフィアだろ、あんた。私もだ。だけど、ここで銃のこととか話しちゃいけない。銃はさっさと私に預けな。で、ちゃっちゃか脱いで、さっさと出る!営業妨害は許さないよ!」
「は、はは、はい。」
 完全に気圧された風情の青年は、躊躇いながらも銃を渡してくる。それを懐に仕舞って、ユンファは硬直する全裸の男性陣に向けて極上のスマイルを見せた。
「我が銭湯ではマフィアも民間人も、誰でも平等に扱います。ただし、武器はきちんとこちらで管理いたしますので、ご安心下さい。ほら、もう何も持ってないね?」
 言いながら、さくさくと服を脱がせていくユンファに、「や、やめて。僕、自分で、自分で、脱げます。」と抵抗するが、虚しく剥かれる青年。
 浴室に放り込まれた青年がほかほかになって上がってくる頃、ユンファは番頭台でコーヒー牛乳を用意していた。
「銃を、か、返して下さい。」
 服を纏った青年が言うのに、ユンファは手を差し出す。
「あんた、名前は?銭湯では、上がったらコーヒー牛乳を一気飲みするのが礼儀なんだよ。それが終わったら返そう。」
「そう、なんですか?僕はレヴィです。」
 疑いもせずコーヒー牛乳代を払うレヴィに、ユンファはこいつはいい客になりそうだと笑顔を作った。
「私はユンファ。またいつでもおいで。」
 もちろん、コーヒー牛乳代をごまかして割増することを忘れるユンファではなかった。

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 ぴょこんと公園の茂みから飛び出してきたウサギに、フェンリルは多少戸惑った。この公園に野生のウサギはいなかったはずだし、このウサギは明らかにリードをつけている。
「お前、逃げてきたのか?」
 呼ぶと寄ってきたそのウサギを抱き上げた瞬間、見つめてきた双眸にフェンリルは手を止めた。
「それって、ウサギさんだよねっ?」
 快活に問われて、勢いに負けてフェンリルは頷いてしまう。
「あ、あぁ。ウサギだな。どこからどう見ても。」
「君が飼ってるの?ボクも抱っこしていい?」
 言い終わるより前に手を差し出してきたのは、小柄なフェンリルよりも更に小柄な少女。
「俺のじゃないよ。迷子みたいだ。そっと抱けよ。」
 自分よりも年下で小さな子はどことなく姉を思わせて、無下に出来ず、フェンリルがそっとウサギを渡してやると、耳の垂れた白いウサギは縫いぐるみのようにおとなしく少女の腕に収まった。
「じゃあ、誰のかな?っていうか、君は誰だったっけ?」
 くるくると変わる表情。言葉。ついていけずに、いつものお得意の皮肉も出ずに、フェンリルは素直に答えてしまう。
「俺は天狼(ティエンラン)。フェンリルって呼ばれる方が嬉しいけど。」
「フェンリルだね。フェンリル。うん、覚えた。飴、食べる?」
 ウサギの礼なのか差し出された透明な袋に入った薄桃色の飴を、フェンリルは受け取ってしまった。受け取らなかったら彼女が泣くような気がしたのだ。
「あんたは?」
「ボクは空音。くぅって呼ばれる。」
 名乗った彼女に、フェンリルは僅かに笑ってしまった。
「くぅ、か。可愛いんじゃないか。」
「そう?」
 いかにも姉が好みそうだと思って、笑ってしまったのに、空音は嬉しそうに顔を輝かせる。
「さて、ウサギの飼い主を探さないと。きっと、こいつ、探されてる。」
 言いながら、フェンリルが両手を広げると、公園の木々に止まっていた野鳥たちが集まって腕に止まってきた。
「うわっ!?なにこれ?大丈夫!?」
「大丈夫。ほら、教えろよ、こいつの飼い主はどこにいるんだ?」
 野鳥たちに囁きかけると、情報を求めて野鳥たちは散り散りに飛んでいく。気がつけば、足元には野良猫が数匹まとわりついて来ていた。
「それが君の能力?」
「そうだよ。別に隠しちゃいないし、ここで隠す必要もないし。」
 ギルドの支配するこの地区でなら、確かにギルド所属のフェンリルが能力を隠す必要もなかった。
「それに、くぅもギルドだろ?」
 特に、ギルド所属らしき空音の前では。
「うん。ボクの能力は……。」
「言わなくていいよ。分かる時に分かる。ほら、いい子が飼い主を見つけたみたいだ。」
 真っ直ぐにフェンリルを目指して飛んできたメジロが、フェンリルの耳に何か囁く。フェンリルは名残惜しそうな空音から、ウサギを受け取った。
「俺はこいつを返してから帰るよ。あんたも、遅くならないうちに帰りなよ。」
 自然と優しい言葉が出てきたのは、相手が自分よりも幼く小さかったからかもしれない。歩き出したフェンリルは、空音を振り返らなかった。

 帰り道、空音は上空を中型の鳥の影が通りすぎるのを感じて空を見上げた。その時、こつんこつんと、透明な袋に包まれた空色の飴が5,6個落ちてきた。
 その飴は、しゅわしゅわと弾けるソーダの味がした。

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 麻婆豆腐と炒飯と唐揚げと皿うどん。並んだ料理に満足して箸を持ち上げた瞬間、正面のテーブルのスーツの女性と目が合って、ユンファはぎろりと彼女を睨んだ。
 今日は研究のために金属を溶かして力を使ったので、ものすごくお腹が空いているのだ。誰であろうと、食事の邪魔をするものは許さない。
 しかし、男物のスーツを纏っている彼女は、ユンファの威嚇に対してにこりと微笑んできた。年の頃は20歳前後だろうか。黒髪の若い女性。
 近寄ってきた彼女はためらいなくユンファの前の椅子に腰掛け、こう切り出した。
「昨日、オタクの銭湯に、金の指輪を三つつけた年かさの太った男と、若い赤毛の女が連れ立って来なかった?」
 男の顔は覚えていなかったが、金の指輪と言われてユンファはそれを思い出す。どうかそれを外して風呂に入って、忘れて行ってくれないかと、じっと男湯の方ばかり見て、若い慣れていない客をもじもじさせていたユンファ。先頭に来たのだから、番頭に裸を見られるくらいなんだ、と10歳になる前から番頭台に座っているユンファは思う。そんなに恥ずかしい物をつけているのかと。どれもこれも同じようなものではないか。
「掃除機みたいにうどんを吸い込んでないで、私の話も聞いてくれないかしら?」
 彼女に言われて、ユンファは吸い込んでいたうどんを飲み込んだ。
「あんた、誰さ?」
「キサ。探偵よ。」
「それで?」
「あの男の浮気現場を押さえないといけないのよ、分かるでしょ?」
 いきなり分かるでしょと言われても、分かるはずもなく、ユンファは拳大の唐揚げを一口で頬張る。
「ふぉれれ?」
「汚いわね。飲み込んでから喋りなさいよ。あの男が来る時間を教えて欲しいだけよ。」
「ああいう金持ちは二度と来ないよ。一度、見物気分で来て、うちの銭湯のボロさに辟易して二度と来ないのがパターン。」
 あっさりと言うと、「そうよねぇ。」とキサも同意した。
「でも、もしも、もう一度来るとしたら?」
「例えば、女の方が化粧ポーチを忘れたりして?」
 あまり金目の物が入っていなかったので、普通に忘れ物として保管してあるポーチを思い出して口にしたユンファに、キサがにっこりと微笑んだ。
 勝利を確信した、美しい唇の形。
「来るなら、人が少ない夕方の5時。忘れ物を取りに来るだけならね。」
 言いながら、ユンファはオーダーシートをキサの手に乗せる。
「高いわね。」
「情報はいつだって、安くないんだよ。」
 もう話は終わったとばかりに、料理を再び吸い込み始めるユンファを置いて、キサは席を立った。料金を払うのを見届けるために振り返ったユンファは、キサの凛とした立ち姿に、一瞬だけ目を奪われる。
 しかし、すぐに彼女の興味は料理へと戻っていった。
 残りの料理が完食されるまで5分とかからなかった。

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