忍者ブログ
エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。 時に短編小説もあるかも?
カレンダー
04 2024/05 06
S M T W T F S
1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31
フリーエリア
最新コメント
最新トラックバック
プロフィール
HN:
染井六郎
性別:
非公開
バーコード
ブログ内検索
P R
[25] [24] [23] [22] [21] [20] [19] [18] [17] [16] [14
×

[PR]上記の広告は3ヶ月以上新規記事投稿のないブログに表示されています。新しい記事を書く事で広告が消えます。

 異邦人街に移動式遊園地が来た。

 食堂で気の弱そうな青年に八つ当たりをした後だったので、誰かに優しくしたくなったのかもしれない。フェンリルはギルドの出口付近で空音を見つけて、声をかけようとした。空音は飴の包み紙を剥いている。
「くぅ、あんた、移動式遊園とか…。」
 言いかけて、フェンリルは固まった。近寄って気づいたのだが、空音はいつものだぶだぶのセーターとミニのキュロットではなく、袖なしのチャイナ風のワンピースにホットパンツをはいていたのだ。
 思わず、トレードマークの赤いパーカーを脱いで空音を包んでしまうフェンリル。なぜだかわからないが、この格好は非常に心臓に悪い気がする。
「どうしたの?フェンリル、ボク寒くないよ?」
「そ、その格好はどうしたんだ?」
 平常心を装いながら問いかけるフェンリルに、空音がぱっと笑顔になる。
「サーカスの衣装の候補なんだって。どれにしようか、決めてるところで、みんなに見てもらってたの。」
「みんなに!?」
 さすがに平常心の崩れたフェンリルに、空音は不思議そうに問いかける。
「変かな?みんな、可愛いって言ってくれたけど。」
「あ、足が…腕が…いや、可愛いよ。可愛い。でも、風邪を引くと困るから、もうちょっと違うのが、俺はいいかな。」
「可愛い!?ホント!?嬉しい!」
 飛び跳ねて喜ぶ空音に、フェンリルは頼むから最後まで聞いてくれと頭を抱える。強く言えないフェンリルもフェンリルなのだが。
 どうしてか、この子には強く言えない。出会いが悪かったのかもしれない。最初から、度肝を抜かれた。
「異邦人街に移動式遊園が来てるの、見たか?良かったら、一緒に行かないか?」
 ちょうど仕事の手が空いている時期なので、改めて声をかけると、空音はぴょんぴょんとフェンリルの周りを飛び跳ねる。
「行きたかったんだ。嬉しい。フェンリルは嬉しいことばっかりだね。」
 そこでぴたりと動きを止めた空音に、フェンリルはどきりとして彼女の言葉を待つ。空音は真剣にフェンリルに言った。
「ねぇ、フェンって呼んでいい?フェンリルだと、舌かんじゃいそうで。」
「それは、あんたがいつも飴を舐めてるからじゃないのか?」
 思わず出た皮肉に、空音の表情が曇ったので、フェンリルは慌てた。
「いいよ。別に、フェンでも、リルでも。」
 完全に彼の負けだった。
「じゃあ、フェンって呼ぶよ。フェン。」
 空音が口の中にいれている飴が溶け出したかのように、どこか甘さのある響きにフェンリルはむず痒いような奇妙な感覚に陥る。
 フェンリル。空で天の李を守る、羽の生えたオオカミの名前だよ。姉と二人で密やかに話した記憶。
「じゃあ、着替えてくる。待っててね。先に行ったら駄目なんだからね!」
 念を押す空音に何度も頷いてやってから、フェンリルはギルド本部の入り口で彼女を待った。

 いつも通りの格好なのに、さっきの格好を見たせいか、キュロットから伸びる白い細い足が気になるフェンリル、21歳。健全で健康な男子である。超絶シスコンということをのぞいては。
 異邦人街に来ている移動式遊園は子供たちで賑わいを見せていた。
 ピエロの格好の男がにこにこと風船を配っていれば、褐色の肌の銭湯の姉ちゃんが無愛想に銭湯の割引券を便乗して配っていたりするあたり、とても異邦人街らしい。
 可愛らしい子供用のおもちゃのようなメリーゴーランド。色とりどりに飾られた馬は少し色が剥げている。足で蹴って回すタイプの小さな観覧車兼乗り物は、観覧よりももはやスピードで子供を熱狂させている。
 お決まりのピエロの手品、軽業師の曲芸、動物使いの可愛らしい動物芸など、実に子供だましだが、フェンリルは研究心一杯に見て回る空音に付き合った。
「サーカスの公演の時に役に立つからね。それに、楽しいし。」
「そうだな。こういうのは、騙されるのを楽しむもんだし。」
 苦笑して言うフェンリルに、空音は「あれ、ボクもできるよ。」などと無邪気である。その無邪気さに癒されていた時、ふと、人ごみの中に見知った姿を見つけた気がして、フェンリルは思わず空音を抱きしめていた。
「え?え?フェン?ど、どうしたの?」
 とたんに真っ赤になって硬直する彼女に構わず、フェンリルは空音を確保したままメリーゴーランドの陰に隠れた。姉のティーエが必死な顔で、「弟を見ませんでしたか?」と聞き回っているのに気が付いたのだ。
「悪い、ちょっと会っちゃいけない相手に顔を見られそうになった。」
 近くのベンチで腰掛けつつ、この人ごみでは髪を染めた自分を姉は見つけられないだろう、しかも女連れの自分をと、必死に落ち着こうとするフェンリルの隣りで空音は何故か真っ赤になってかちんこちんになっている。
「くぅ。」
「ひゃ、ひゃい。」
 返事をする空音の声は裏返っていた。いつもの落ち着きのなさもなりを潜めている。
「いつか、俺の話を聞いてくれないか。長い長い話だ。俺と、俺の姉の話。」
 そして、もし、自分に何かあったら、あの人に誰よりも愛していたと伝えて欲しいと言いそうになって、フェンリルは黙った。
 もしも、全てを空音に話せる日が来た時。
 その後も空音にそばにいて欲しいと思っている自分の感情を、フェンリルは上手に言葉にできない。
「顔が赤いな。やっぱり、風邪を引いたんじゃないか?帰るか?」
 フェンリルが問いかけると、空音はぎこちなく頷く。
「二三日洗濯してないけど、ないよりはましだろ。」
 赤いパーカーを肩にかけてやると、空音はますます赤くなったようだった。
「送るよ。」
 フェンリルは、空音の小さな白い手を握った。

 もしも、全てを話せたら。
 その時、君は俺を許すだろうか。

拍手

PR
この記事にコメントする
お名前
タイトル
文字色
メールアドレス
URL
コメント
パスワード   Vodafone絵文字 i-mode絵文字 Ezweb絵文字
Copyright (C) 2009 Silence or Noisy, All right Resieved.
*Powered by ニンジャブログ *Designed by 小雷飛
忍者ブログ / [PR]