エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。
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研究所に実験生物として捕らえられたのは、十代の半ばの頃だった。それからの思い出したくない日々を、ルリエナは極力忘れるようにしている。延々と続く採血の日々。大きな水槽のある白い部屋。ベッドの上の消毒液の臭いのするシーツ。時に肉を切り取られることもあった。最悪の時は、無理矢理に精液をとられることもあった。
母は物心ついたらいなくて、父と二人で暮らしていた。父は年老いた人魚だった。住むところを転々としながら、二人で密やかに逃げるように生きてきた。それが終わったのは、父が死んだ日だった。
葬儀屋に連絡しようとして、ルリエナは本性に戻っている父の姿にためらった。それでも、父を埋葬したかった。安らかに眠らせてやりたかった。
それがそもそもの間違いだったのだ。
すぐに逃げればよかったのに、葬儀の後、ルリエナは黒服の男達に囲まれ、車に押し込まれていた。
研究所は異邦人街の中にあった。闇の研究所らしくひっそりと。
どれくらいの月日が経ったのか分からない。
ある日、突然解放された。
鮮烈に印象に残る、赤い髪。
「あんた、いらないってさ。」
あっさりと、放り出した相手は、自分と同じ年頃で、同じくらいの背丈だった。
マフィア同士の抗争の末、発覚した研究所は、違う大きなマフィアに潰されたとかで、ルリエナは何も持たずに放り出された。
あれから15年以上。
いつ来るか分からない終わりを恐れ続けた日々の名残で、眠れなくなったルリエナは、ふらふらと夜の街を彷徨っている。
最初は怖がりながら、医者の資格をとった。自分を切り刻んだ奴の気持ちを知りたかったし、自分を癒せるのならば癒したいと思ったから。けれど、実地ではとてもできない気がして、研究医になった。実地で医者として働き始めたのは、ほんの5〜6年前からである。
いつの間にか入り込んでいた異邦人街で、ふと、赤い色彩が目をよぎって、ルリエナは思わず手を伸ばしていた。筋張った腕に、ルリエナの白い指が触れる。
同じくらいの身長、気だるそうな表情。
「なんだ?」
「あ、ご、ごめんなさい。」
反射的に謝っていた。頭を下げると、ばらばらと長めの青味がかった灰色の髪が頬にかかる。
「あれ、あんた……。」
よく考えてみれば、目の前にいる男があの時の男ならば、ルリエナのウロコを見ているはずである。ルリエナは反射的に逃げる構えになった。その腕を男は軽く掴んでくる。
「逃げるなよ。何もしないよ。ほら、金平糖。」
手の平の上にぱらぱらと落ちる、色とりどりの砂糖の星。それを見て、ルリエナはもう一度、口を開いた。
「あなた、僕に会っていませんか?」
「もしかして、あん時の……って、変わらなすぎだろ。肌とか、どうなってんの?特別な美容液でも塗ってるわけ?ぷにぷに、すべすべ。」
思い切り頬に触れられて、ルリエナは体を強ばらせる。触られるのはいつだって怖い。この姿は偽りで、自分はウロコだらけの醜い生き物なのだから。
「触らないで。僕は、あなたなんて、知らない。」
搾り出すように喉から出た嘘は、けだるい笑みにかき消される。
「覚えてるよ。よく生きてたな。」
「僕が、気持ち悪くないの?僕は、あんな、ウロコだらけで、青緑で、水かきがあって、耳もヒレになってて、僕は、僕はっ!」
息が切れるほど大声を出したのは久しぶりだった。涙が滲みそうになって、ルリエナはぐっとこらえる。泣いてはいけない。本性が出てしまう。
「きれいだったけど?」
さらりと零れた言葉に、ルリエナの青い目に涙がうっすらと涙が浮かんだ。
「ちょっと!」
声をかけられて、ルリエナは素早く涙をシャツの袖で涙を拭う。なんとか、本性は出ていないようだ。
腰に手を当てて二人を見上げているのは、派手な化粧の女性だった。いかにも水商売の匂いがぷんぷんする。
「ジュジュ!?」
「なに、絡んでいじめてるのかしら?ノヴァさん、最近、店に来ないと思ったら、こういう趣味があったわけ?」
「まさか。ちょっと話してただけだよ。」
けだるい雰囲気で答える男、ノヴァに、ルリエナも同意した。
「話してた、だけだから。ありがとう。」
何とか上手に笑えた気がして、ルリエナはほっとする。派手な美女、ジュジュは肩をすくめた。
「じゃあ、二人とも、店に来てくれるわよね?」
「今月、そんなに営業やばいのか?」
言われてジュジュは目をそらす。
きれいだった。
同年代の、自分の正体を知っている相手から言われた言葉。
ーー大丈夫、お前はお父さんの宝物だよ。美しいウロコの、瑠璃恵那(ルリエナ)。
ふと、父の声が耳をよぎって、ルリエナは立ち尽くした。
母は物心ついたらいなくて、父と二人で暮らしていた。父は年老いた人魚だった。住むところを転々としながら、二人で密やかに逃げるように生きてきた。それが終わったのは、父が死んだ日だった。
葬儀屋に連絡しようとして、ルリエナは本性に戻っている父の姿にためらった。それでも、父を埋葬したかった。安らかに眠らせてやりたかった。
それがそもそもの間違いだったのだ。
すぐに逃げればよかったのに、葬儀の後、ルリエナは黒服の男達に囲まれ、車に押し込まれていた。
研究所は異邦人街の中にあった。闇の研究所らしくひっそりと。
どれくらいの月日が経ったのか分からない。
ある日、突然解放された。
鮮烈に印象に残る、赤い髪。
「あんた、いらないってさ。」
あっさりと、放り出した相手は、自分と同じ年頃で、同じくらいの背丈だった。
マフィア同士の抗争の末、発覚した研究所は、違う大きなマフィアに潰されたとかで、ルリエナは何も持たずに放り出された。
あれから15年以上。
いつ来るか分からない終わりを恐れ続けた日々の名残で、眠れなくなったルリエナは、ふらふらと夜の街を彷徨っている。
最初は怖がりながら、医者の資格をとった。自分を切り刻んだ奴の気持ちを知りたかったし、自分を癒せるのならば癒したいと思ったから。けれど、実地ではとてもできない気がして、研究医になった。実地で医者として働き始めたのは、ほんの5〜6年前からである。
いつの間にか入り込んでいた異邦人街で、ふと、赤い色彩が目をよぎって、ルリエナは思わず手を伸ばしていた。筋張った腕に、ルリエナの白い指が触れる。
同じくらいの身長、気だるそうな表情。
「なんだ?」
「あ、ご、ごめんなさい。」
反射的に謝っていた。頭を下げると、ばらばらと長めの青味がかった灰色の髪が頬にかかる。
「あれ、あんた……。」
よく考えてみれば、目の前にいる男があの時の男ならば、ルリエナのウロコを見ているはずである。ルリエナは反射的に逃げる構えになった。その腕を男は軽く掴んでくる。
「逃げるなよ。何もしないよ。ほら、金平糖。」
手の平の上にぱらぱらと落ちる、色とりどりの砂糖の星。それを見て、ルリエナはもう一度、口を開いた。
「あなた、僕に会っていませんか?」
「もしかして、あん時の……って、変わらなすぎだろ。肌とか、どうなってんの?特別な美容液でも塗ってるわけ?ぷにぷに、すべすべ。」
思い切り頬に触れられて、ルリエナは体を強ばらせる。触られるのはいつだって怖い。この姿は偽りで、自分はウロコだらけの醜い生き物なのだから。
「触らないで。僕は、あなたなんて、知らない。」
搾り出すように喉から出た嘘は、けだるい笑みにかき消される。
「覚えてるよ。よく生きてたな。」
「僕が、気持ち悪くないの?僕は、あんな、ウロコだらけで、青緑で、水かきがあって、耳もヒレになってて、僕は、僕はっ!」
息が切れるほど大声を出したのは久しぶりだった。涙が滲みそうになって、ルリエナはぐっとこらえる。泣いてはいけない。本性が出てしまう。
「きれいだったけど?」
さらりと零れた言葉に、ルリエナの青い目に涙がうっすらと涙が浮かんだ。
「ちょっと!」
声をかけられて、ルリエナは素早く涙をシャツの袖で涙を拭う。なんとか、本性は出ていないようだ。
腰に手を当てて二人を見上げているのは、派手な化粧の女性だった。いかにも水商売の匂いがぷんぷんする。
「ジュジュ!?」
「なに、絡んでいじめてるのかしら?ノヴァさん、最近、店に来ないと思ったら、こういう趣味があったわけ?」
「まさか。ちょっと話してただけだよ。」
けだるい雰囲気で答える男、ノヴァに、ルリエナも同意した。
「話してた、だけだから。ありがとう。」
何とか上手に笑えた気がして、ルリエナはほっとする。派手な美女、ジュジュは肩をすくめた。
「じゃあ、二人とも、店に来てくれるわよね?」
「今月、そんなに営業やばいのか?」
言われてジュジュは目をそらす。
きれいだった。
同年代の、自分の正体を知っている相手から言われた言葉。
ーー大丈夫、お前はお父さんの宝物だよ。美しいウロコの、瑠璃恵那(ルリエナ)。
ふと、父の声が耳をよぎって、ルリエナは立ち尽くした。
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