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エデンの鍵に関する情報を置いていくブログ。 時に短編小説もあるかも?
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 夜の中心街は静まり返っていた。その中で動く五つの小さな影。
「本当に捕まえられるの?」
 可愛いふわふわの髪のセレーレは、隠密行動のためにかツナギを着ているが、その愛らしい顔と煌めく髪を隠せていないのであまり意味をなしていないかもしれない。しかも、肩に孔雀が乗っているので台無しである。
「犬っころがどれだけ信頼できるかによりますよね。」
 角を生やした小柄な竜の獣人、竜ヶ峰の言葉に、いつもの赤いパーカーを黒に変えたフェンリルは、肩をすくめる。
「犬っころ言うなよ。いい角してるから、許してやるけどさ。」
 頭を撫でられて、竜ヶ峰はやれやれと頭を左右に振った。ちなみに、動物好きのフェンリルは、竜ヶ峰がまさか竜の獣人などと思ってはいない。彼は、竜ヶ峰を「牛の獣人」と信じ込んでいた。
 なんて可愛い子牛なんだろう。
 そんな夢見るフェンリルの隣りには、犬の獣人の棗がいて、くんくんと鼻を鳴らしている。
「リス、近い……。」
「棗、あまり前に出てくるなよ。リスが警戒するから。」
 犬の獣人の匂いでリスが逃げないように、一応注意すると、棗は大人しく頷いた。
「早くしてよね。もうこんな時間じゃない。明日の授業で起きられなかったらどうしてくれるのよ?」
 文句を言いながらも最後尾からついてくるのはラーク。走りやすそうなシューズにショートパンツを履いている。
「もう少し広い場所に行かないと呼べないよ。」
 ため息をつきながら、フェンリルは街灯の灯る薄暗い公園に入った。
 フェンリルの異能、動物使いは本来その動物がいる場所の方が発揮しやすい。リスは森の木や地面にいるものだ。そこに近い場所として、フェンリルは公園を選んだ。

 目を閉じて両腕を広げる。

 どこにどんな動物がいるのか、気配で感じられた。
 一番近くには、犬の獣人の棗、そして、思い込みで牛の獣人になっている竜ヶ峰。少しずつ意識を広げていく。木々の上で夜を過ごす鳥たち、草葉の影の虫たち、家々の屋根裏・床下、また路地裏で動くネズミたち……。
 呼びかける。心の中で。広く広く両腕を伸ばして。
 蜘蛛の糸のように細く、どこまでも広く張られた感覚の網に次々とリスが引っかかってくる。
 呼ばれて彼らは、いそいそとフェンリルの元に集って来ていた。
 さぁっと公園の下草を小さな足音が走り、次々とフェンリルの腕にリスが登ってくる。首輪に星をつけたリスもいれば、ただの普通のリスもいる。腕に這い上がり、頭に登り、好き勝手に遊びだすそれらの感触に、フェンリルは目を開けた。
「こら、喧嘩するなって。いい子だ。」
 ポケットからナッツを取り出すと、それを奪い合うリスたち。ふと、一匹のリスがセレーレのふわふわの頭に飛び乗った。それを見て、ラークが笑う。
「なにそれ。巣みたいね。」
「巣って、ひどいな!」
 ちょっとむくれながらも、存外悪い気はしていない様子のセレーレ。
「星をいただきましょうかね。」
 手を伸ばした竜ヶ峰に、シーッと声を上げて威嚇するリス。
「一応、使命感があるみたいだな。」
 ふわふわの尻尾でくすぐられ、笑いながらフェンリルは棗に手を差し出した。棗の犬の匂いに、リスが警戒して尻尾をゆらゆらさせる。
「大丈夫だよ、こいつはいい奴なんだ。俺の友達だ。」
 人間の誰に話しかける時よりも穏やかに静かに優しく話しかけるフェンリルに、そろりそろりとその手からリスが一匹棗の腕に飛び乗った。
「フェンリル……リスが……。」
 突然のことにどうしていいか分からない棗に、フェンリルはリスに手を添えた。
「星を貰えよ、棗。ほら、こいつなら大丈夫。」
 きょとんと棗を見つめるリスのつぶらな瞳にたじろぎながらも、棗はリスの首輪から星を外した。
「私も星をもらえないんですか、犬っころ?」
 文句を言ってきた竜ヶ峰の手にも、フェンリルは手を添えてリスを乗せてやった。ラークはちゃっかりとナッツでリスをおびき寄せ、素早く星を奪っている。
「一応、役に立たなくもないのね。」
 ラークに言われてフェンリルは顔を顰めた。
「フェン、この子、僕の頭を巣にしちゃったみたい。」
 どうするか困っているセレーレの頭のリスから、フェンリルは星を取って、セレーレに手渡した。セレーレの肩の上で孔雀がリスを威嚇しているが、リスは馬鹿にする様子でセレーレの頭の上でくつろいでいた。
「孔雀は肉食だろう?食べるんじゃないぞ?」
 フェンリルがセレーレの孔雀に言い聞かせると、孔雀は渋々といった風情で威嚇をやめた。
「小さな動物に……触ったのは初めてだ。」
 ぼそりと言う棗に、フェンリルは手を繋いで架け橋のようにして、リスを大量に乗せてやる。棗の肩を駆け、頭に登り、耳を毛づくろいするリスたちに、棗は珍しく慌てているようだった。

「ねえ、ちびっこ達、お姉さんにそのリス、もらえないかな?」

 ふっとよぎった赤い色彩に、リスたちが一斉にフェンリルの元に戻る。怯えた様子のリスに、フェンリルは巨大な斧を手にした軍服の女性に身構えた。
「なんだ、テメェ?」
「俺はアシュレイ。星を置いて尻尾巻いて逃げるんだったら、見逃してあげるよ。」
「はっ!?正気かババァ。自分の言ってること分かってるのか?誰がそんな都合のいいこと、するかってんだ!」
 風を切る音がして、フェンリルの眼前に斧が振り下ろされる。真っ二つになるのを寸でで逃れたフェンリルは、赤い髪の長身のアシュレイを睨みつけた。
「君、威勢がいいね。でも、そういう子は真っ二つにしちゃうかも。あ、殺しちゃいけないんだっけ。ルールは守らないとね、ルールは。」
「なにしやがる!死にくされ、デカババァ!」
 フェンリルの叫びとともに、近くの木からばぁっと鳥が飛び立ち、アシュレイの目を狙って突撃してくる。
「逃げるぞ!このババァヤバイ!」
 その隙を突いて、全員別方向に走りだす。フェンリルを守るように、後を追ってリスや鳥や猫や犬が集まってきて並走した。
「逃げたって無駄だよ!」
 アシュレイは小鳥を振り払い、真っ直ぐにフェンリルを追いかけてくる。
「クソババァ!俺が若いからって嫉妬するんじゃねぇよ。」
 悪態をつきながらも、明らかに距離を詰められていることに、フェンリルは驚愕を隠せなかった。フェンリルは力はないがすばしっこい。足だって早い。大抵の相手には足では勝てる自信があった。けれど、アシュレイは明らかに人間離れしている。
「俺に『ゴシック』を使わせるなんてね。」
 それが異能の名前だと気付く前に、フェンリルは恐ろしい跳躍力で跳んだアシュレイに追いつかれていた。斧の柄がまともに背中を叩きつける。軽いフェンリルの体は吹っ飛ばされて、細い路地の壁にぶつかった。
「渡す気に、なった?」
 見せびらかすように巨大な斧を構えるアシュレイを、フェンリルの周囲の動物たちが一斉に威嚇する。倒れたフェンリルは咳き込みながら、壁に手をつき、緩慢な動作で立ち上がった。体がみしみしと悲鳴を上げている。
「だ、れが、わたすか!」
 殺してはいけないというルールを完璧に守っていては、自分が殺されると悟ったフェンリルは、懐から4本の投げナイフを取り出した。投げた瞬間に、間髪を入れず走りだす。
 投げナイフを斧で叩き落すアシュレイの懐に入って、フェンリルはナイフで斬りつけた。投げナイフよりもやや大ぶりのそれは、アシュレイの軍服の腹の部分を切り、薄く傷をつけるのみに終わってしまう。突けばよかったのかもしれないが、さすがにそれはできないと、本能的に加減してしまったことをフェンリルは後悔した。
 ひゅんと薙ぐ斧の柄は、遠心力と刃の重さも加わって、フェンリルの胴体を簡単にふっ飛ばした。肋骨の折れる嫌な音が体の中で響いて、フェンリルはうめき声を上げる。
 倒れて動けないフェンリルに近寄り、ポケットに入れていた星を奪おうとするアシュレイの指に、リスが果敢に噛み付いた。痛みに反射的にリスを払うアシュレイ。リスは振り落とされて、鳴き声を上げた。
「やめろ!こいつらに、手を、出すな!」
「そうね。ねぇ、君の星がないみたいだけど、それも渡してくれないかな?そうしたら、やめてあげる。」
 最早優しいとも感じられる口調のアシュレイに、フェンリルはいつの間にか、自分が右手を握り締めていることに気付いた。倒れた瞬間に、自分の腕章から星を引きちぎって無意識に守っていた。
「これは……。」
「人とリス以外なら、殺してもいいんだよね?」
 アシュレイの目が、フェンリルを守るように取り巻く犬猫鳥たちに向かう。
「やめろ!」
 フェンリルは苦しい息の中、声を搾り出した。
「首輪をつけてないリスなら、殺してもいいのかな?どう思う?」
 ぐりっとアシュレイの靴がフェンリルの右の手首を踏んだ。そのままぐりぐりと踏みにじる。
「手を、開いた方が、いいんじゃないかな?」
 口の中を切ったのか、鉄さびの味が口腔内に広がっていた。フェンリルは握った右手を震わせる。
「フェン!!!!!」
 ばたばたと駆けてくる足音に、フェンリルはそちらを向けなかったが、誰が来たのか声で分かった。
「空音!駄目だ、来るな!」
 叫ぼうとしても、肺がやられているのかくぐもった声しか出ない。
「運営の医療班、ルリエナです!ギルドのフェンリルから離れなさい、軍のアシュレイ!規則では、死に至る傷を負わせることは禁じられています!これ以上傷を負わせると、あなたを失格と報告します!」
 明るい茶色の髪の少女、空音とともに来たのは、長身の医師、ルリエナだった。
「あー面倒くさくなりそう。いいわ。二分も過ぎちゃったし、今日はここで退いてあげる。」
 斧を一振りして、アシュレイは長い足で大股で去っていく。
「フェン、血が、血が……。」
 気がつけば、口から垂れる血と、壁にぶつけた時に切った額から垂れる血で血まみれのフェンリルに、空音が涙を零す。
「すぐに止血するから。」
 長い手を伸ばすルリエナが傷の処置をしようとしても、空音はフェンリルから離れようとしなかった。
「くぅ、大丈夫だ。大丈夫だから。」
 泣く空音の表情が歪んで見える。

 泣かないでほしい。
 どうか、泣かないでほしい。
 俺は大丈夫だから。

ーー本当に、天狼(ティエンラン)は泣き虫ですね。
 姉の声が聞こえた気がした。
 小さい頃、姉がすっ転んで膝を切った時、姉は泣かなかったが、フェンリルは大泣きしてしまった。
ーー天李(ティエンリー)がしんじゃう!しんじゃうよ!
ーー私は大丈夫。天狼、泣かないで。
 姉はいつだって優しく強かった。


 目が覚めると、白い部屋で白いベッドの上にいた。点滴の針が腕に刺されている。
「フェン?分かる?くぅだよ、フェン!」
 涙をいっぱいに溜めた青い目を見た瞬間、フェンリルは自己嫌悪で死にそうになった。
 傷だらけで女に負けて踏みにじられているところを、空音に見られた。しかも、泣かせてしまったし、今も泣かせている。
「くぅ……ごめん。」
 負けてしまった。ギルドに星を持って帰れなかった。そして、それ以上に彼女に心配をかけてしまった。そのことが悔しくて、フェンリルは俯く。
「大丈夫!フェンはリスさんたちを守ったんだもん!動物さんはみんな、無事だったよ!」
 涙を拭いて、笑顔で言ってくる空音に、フェンリルは頭を抱えたくなる。
「そういう問題じゃなくて……。」
「ボクはフェンが無事だっただけで、充分だよ。」
 手を握られ、真面目な表情で言われて、フェンリルは言葉に詰まる。赤面したフェンリルを、空音はまだ真剣な顔で見つめている。
 思わず、笑いが漏れた。
 体に痛みが走るのも構わず、フェンリルは点滴を打たれていない、自由な腕で空音を抱き寄せる。
「くぅが、好きだよ。」
「うん、ボクも、好き。」
 無邪気に答える空音に、フェンリルは「意味分かってねぇな。」と苦笑した。

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